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恋の行方


「二十五番…と」
 免許更新の手続きを済ませ、受け取った番号札と机の番号を見比べながら、滝川葉流は狭い通路を進んだ。
 二つずつくっついた机と椅子が整然と並ぶ講習室は、小学校の教室を彷彿とさせる。
「あ、すみません」
 席を見付けて座ろうとした瞬間に、肘が少しだけ触れて、滝川は謝りながら何気なく隣の席に目をやった。
 思わず息を呑む。
 雑誌や、漫画でもそうそういないような、美しい青年だった。
 やや長めに整えられた栗茶色の髪が、ほっそりとした淡白い首筋に薄く影を落としている。人形のような雰囲気のある、薄幸そうな顔。唇は薄く、ほんのり色付いた桜色だ。
 そして、ふわりと漂うのは───
「…甘」
 滝川の半ば呆然とした呟きに、黒目がちな目がこちらをみる。
「あ、いや、」
 と、みるみるうちにその白い頬が赤く染まった。えっ、と滝川は驚いて固まった。
「すみません」
 蚊が鳴くような声でなぜか謝られて、滝川はますます困惑の色を深くする。
「いや、謝るのはこっち…」
 焼きたてのクッキーの甘い香りが、その美しい青年の全身に染みついているようだった。
 滝川がその、まるで作り物のような麗しさにぼうっとしながら見つめていると、青年は耳までほんのり赤くなった顔をさっと伏せた。
 どこかレトロな講習室せいか、それとも隣の青年の、まるで恥ずかしがり屋の小さな女の子のような反応のせいか。滝川はただ肘が触れただけなのにしどろもどろになって、意味もなく講習本をぱらぱらとめくった。
「───では新しい免許証をお渡しします。オグラヨウコさん、シマヒデオさん…」
 優良での書き替えなので、たった三十分の講習が終わり、次々と名前が呼ばれて新しい免許証が交付されていく。先に呼ばれたのは、美貌の青年だった。
「ハセタツミさん、…」
 長谷、と滝川は脳内メモに書き留めて、青年の動きをじっと見つめた。
 細い指が免許証を受け取り、すんなりとしたコートの後ろ姿が部屋を出た瞬間、
「滝川…、滝川さん」
 名前を読み損なったらしい声に、慌てて立ち上がる。




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