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アレグロ


「要はきみ、彼女が嫌いなだけだろう?」
 おっしゃる通りです、と頷くと、初老を迎えた講師は溜息を吐いた。
「…きみの女性バイオリニスト嫌いにも困ったものだね」
「今に始まった事じゃないと思いますけど」
「きみが言うんじゃないよ、それを」
「はい、すみません」
 嫌なんです、あの、彼女の高い鼻が。
「へし折ってやっていいなら、同じステージに出ますけど」
 やれやれ、と頭を抱えられてしまっては、しょうがない。
「来月の中旬だったね」
「はい」
「…本番まで逃げ回るなんて真似は止しなさいよ」
「はい」
「あの子の鼻の一本や二本、へし折ってもいいから、」
「はい。………え?」
「へし折っていいから、きみの世界を見せてやりなさい、みんなに」
 に、と色の薄い唇が笑う。こういう、子供みたいな顔が好きなのだと思った。
「いいね、明日の練習には僕も行くから」
「先生、保護者みたいです」
「保護者のようなものだろう。まったく、きみは」
 肘掛けの、とっくの昔に若さを失った、神経質そうな指に唇で触れる。
 ああ、薄く開いた唇から彼の魂が抜け出したなら、捕まえて自分のものにするのに。
「御面倒をお掛けします、先生」





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あきゅろす。
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