懺悔
骨の髄まで香の匂いが染み付いたようで、男は着慣れた白衣に袖を通す瞬間にも顔をしかめた。
喪服もお悔やみも経も、うんざりだった。
一人でいたかった。
一人でこの途方もない喪失と向き合っていたかった。
何もかも捨てて。
「…十斑くん」
禿げる事なく白髪になった恩師が、更衣室のドアを少し開けて手招きした。
十斑。
そうだそれが自分の名。
「まだ休んでいても良かったんだよ」
優しい声で言われて、うつむいた。
「……全てを無理にとは言わないよ、僕も。こちらに来ていた方が落ち着くなら、それもいい」
「…はい」
恩師は───松木教授は他の教授と違って、決してサンダルを履かない。いつも綺麗に磨かれた黒の革靴。
「…研究室でお茶でも淹れさせようかね。小松くんが名月屋のまんじゅうを買ってきたんだ」
着替えていらっしゃい、と言われて、十斑は掠れた声ではい、と答えた。
首の後ろがざわつく。
どうして助けてやれないの。
どうして助けてくれないの。
あなたは
兄さんは
お医者様なのに。
無茶を言う。
私は、かみさまじゃない。
私は、
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