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アクト


 高校卒業から十年。同窓会に現れた早田凛子に、誰もが驚愕を隠せなかった。




 背の高い少女だった。
 宝塚の男役みたいな涼しげに整った顔に、優しい感じの低めの声。少年みたいな薄っぺらい体を、セーラー服に包んで。
「今? 普通に会社勤めだよ」
 それが今じゃ、洒落たスーツに身を包んで、長い足を組んで、まるで青年実業家みたいな雰囲気で、煙草に火を点ける。
「新聞に、同一性障害の女性が戸籍を男にしたって記事、載ったの覚えて無いかな。三年くらい前だけど」
「それが早田さんなの?」
「うん、そう。名前も、ほら」
 女性陣の視線は、ほとんどが彼女(彼?)に向けられている。早田は免許証を取り出す。
「あ、ほんとだー。早田 凛」
「子を取っただけなんだ?」
「親がくれた名前だからさ、変えちゃうのも悪いかなって」
 低めだった声は、やわらかいテナーになっている。元々綺麗な顔立ちが、中性よりは男性寄りで、なのにうっかり見とれてしまいそうだ。
「違和感ねぇよな」
 学級委員長だった金田が、俺の隣りに寄って来て言う。
「…むしろお前よりモテてそう」
「おーおー、見ろよ、美男子柳田クンのあの悔しそうな顔を」
 柳田が嫉妬と嫌悪をあからさまに、女性陣に囲まれた早田を睨んでいる。早田が現れるまでちやほやされていた柳田には、現状は耐えがたいらしい。
「醜いねぇ、男の嫉妬は」
「まあ、早田は昔から女子にモテてたからな」
 過去を知らなければ、元女性とは到底思えないだろう。しかし、その容貌は男性とも女性とも、断言できない。
 長い睫毛がその頬に淡く影を落としている。一重の目は、ごく薄い茶色。
「でもよく就職できたね」
 心無い台詞にも、早田は穏やかに微笑むだけだ。
「就職しちゃえばこっちのものだから」
「でも嫌がる人とかいないの?」
 あれはねぇな、と金田が呻く。早田は微笑んでいた薄い唇をすっと締めて、途端に冷たい目をした。
「誰が嫌がろうと、俺が男なのに変わりはないから気にならないよ」
 ぞっとするような声に、金田が小さく笑う。しん、と静まり返った女性陣に、俺は声を掛けた。
「早田、こっちで飲もうぜ。仕事の話でも聞かせろよ」
 早田は立ち上がると、部屋の端に陣取っていた俺と金田の横に座る。居酒屋らしいざわめきが戻ってくると、早田は金田がすすめたビールをあおって、深い溜息をついた。
「───大丈夫か」
 おもわずそう言うと、早田は色男の顔に苦笑を浮かべて
「大丈夫だよ」
 と、静かに答えた。
 いつもそうだったな、と俺は思い返す。
 早田は、冷ややかに怒りをあらわにする。声を荒げる事もなく、淡々と冷たい目と声だけで相手を切り付ける。
「変わんないな、早田」
 ぽつりと呟いた俺の台詞に、早田は驚いたらしい。つまもうとしていた刺身をテーブルにぼとりと落とした。
 薄茶の目がまじまじと俺を見て、俺はその視線に少しどきりとする。
「…変わったよ」
 俯いて、早田は唇を歪めるように笑った。
「変わったよ。…高根にも金田にも、わからないくらい」
 時間は人を変える。けれど、早田の内にあるものが変わっていない事くらい、俺にもわかる。
 




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