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KISS


 僕は姉が大好きで、
 僕らはいつも、
 いつも一緒だった。



 学校からの帰り道、傷が目立ちはじめたランドセルを背負った僕の横に、黒塗りのクラウンがすうっと停まった。
「絢人くん」
 慌ただしく降りて来たのは母方の叔母と叔父で、
「佳澄ちゃんが大変なんだ」
「絢人くん、お姉ちゃんが」
 そんな事をまくし立て、不安に駆られた僕を車に乗せた。
 僕が連れて行かれたのは、彼らの自宅で、
「お姉ちゃんは?」
 そう聞いた僕に、彼らは
「佳澄ちゃんはね、急に病気になっちゃったのよ」
「お父さんとお母さんは、佳澄ちゃんにかかりきりになるから、絢人くんはうちで預かる事になったんだ」
 そう、幼稚で狡猾な嘘をついて、僕を手に入れた。
「お姉ちゃんのお見舞いに行きたいよ」
 そう言う僕に、彼らは
「佳澄ちゃんはね、病気でもう誰が誰か分からなくなっているのよ」
 そう答えた。
 僕が十歳の頃の話だ。
 それが全て嘘だったと知ったのは、十四の時。父と母が首を吊って、一か月後に発見された時だった。
 叔母と叔父には黙って───彼らは僕が両親に関わるのを制限していた───葬式に出た僕は、父方の祖父母に
「どこに行っていたんだ」
「親不孝者」
 そう罵られ、愕然とした。
「だって、僕、僕は、ずっと棚橋の叔父さんのところに…」
 叔父夫婦が、僕の両親が経営していた会社を乗っ取り、両親を自殺に追い込んだ。
 僕はいつの間にか、叔父夫婦の戸籍に養子として組み込まれていた。叔父は、無精子症───子供が出来ない体だった。
 怒りと、悲しみが、僕を支配した。
 僕はこの世で一人きりになった。

 叔父は三つの会社と、五つのマンションと、二つの別荘を持っていた。
 そのうちのマンションの一つは僕の物になり、大学を出た僕はそこで一人暮らしを始めた。
 たった一枚残った写真を、僕は写真立ての風景写真の裏にひそませていた。
 幼い僕と姉は、古ぼけた写真の中で仲良く並んで澄ました顔をしている。おしゃまな姉と、気取った僕は、これから両親と初めての外食に行くのだ。
「───お姉ちゃん」
 唇の端ににじむ、抑え切れない笑顔。ぱっちりした黒い瞳。
 大好きだった。

 姉の行方はようとして知れなかった。
 三つ年上の姉は、両親が死んだ時点で十七歳。
 あの日から、十年が経とうとしていた。

「た・な・は・し・くん」
 一歳上の米田氏が、リズムを付けて言いながら、帰り支度をしていた僕の肩を叩いた。
「なんですか?」
「ちょっとさ、飲みに行かない?」
 彼が行くクラブで僕の話をしたら、連れて来て、と「お願い」されたらしい。
「どうして僕なんですか?」
「なーに言ってんだよ、社内で一番モテる男ナンバーワンのくせに」
 彼は僕を小突きながら笑う。僕は彼に拝まれて、同行することにした。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは〜、米田サン」
 叔父に連れて行かれた高級クラブとは雲泥の差の女の子達に囲まれて、米田氏は鼻の下を伸ばしている。
「ほら、こいつだよ、こないだ話してた」
「棚橋サン?」
「ほんと格好イイ〜」
 僕は愛想笑って、こっそり溜息を吐いた。
「失礼します」
 ヘルプ席に、新しく女の子が座った。
「おお!チーママのスミカちゃんじゃないですか!珍しい〜」
「やだ、珍獣みたいに言わな」
 ぷつりと言葉が切れて、僕は何かあったのかと彼女を見た。
 時間が止まったと思った。
「───絢人」
 きらきら光る赤い唇が、僕の名前を呼んだ。
「絢人…!」
 それは、僕がずっと探していた姉───佳澄の声だった。
「…姉ちゃん」
 綺麗な手が、震えながら僕の頬に触れる。
「あや、と…」
「お姉ちゃん」
 その目から涙があふれて、僕は姉を抱き締めた。
「お姉ちゃん」





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