TABU:3
身を焦がすような恋に、私は出会った事がない。
一瞬で燃え上がるような激しさも、体にくすぶる熱も、私は知らない。
私の体はきっと冷たい。
氷のように。
十一桁の数字。
何の変哲もない、数字の羅列。
携帯電話を開いて見ては、閉じる。
「どうかなさったんですか?」
家事の一切を任せている通いの家政婦───前園夫人が花瓶の花を直しながら言う。
最近溜息ばかり吐かれて。
「…前園さんは、ご亭主とは恋愛結婚ですか」
あらいやだわ、と前園夫人。
「学生の頃の先輩後輩だったんですよ。その時は何とも思ってなかったのに、お見合いで再会しちゃって」
何とも思ってなかったと言いながら、その事を話す前園夫人は嬉しそうに笑う。
「でも主人は私の事なぁんにも覚えてなくって」
ほほほ、と笑う。そう、と私は微笑んで返す。
「人材派遣」
聞き慣れない言葉を私は繰り返した。秘書の瀬谷が、そうですと頷いた。
「正社員として雇うのではなく、派遣会社のスタッフをこちらから選んで、期間を決めて雇用するシステムです。まあ、大まかに言うと」
経営者とは名ばかりの私は、することもなく午後の日だまりの中で読んでいた本を閉じた。
「会議でも、そうする事にしたのかな」
「はい。この不況ですから、削れる所は削ると言うお話で」
会社の事は、設立時から従兄弟の弘幸にまかせきりだった。私はただ金を出しただけ。
「弘幸は?」
「社長は、資金繰りにも経営にも問題は無いが、試しに雇ってみるのもいいんじゃないか、と」
瀬谷はいつも微笑んでいる唇を、弘幸そっくりに引き締めてそう言った。私は閉じた本の表紙を撫でる。
「それなら任せると伝えておいてくれないか」
わかりました。
瀬谷が出て行くと、部屋はしんとなった。また、本を開く。
「ところで、副社長」
ノックもなしにドアが開いて、私はびくりと振り返る。瀬谷が、失礼と少し笑う。
「その派遣会社の社長なんですが、副社長」
秋山様とおっしゃって、副社長をご存じでしたよ。
冷たい体に、ひどく熱い指先が触れる。
私は震えて、
ただ目を閉じる。
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