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TABU:2


 私は異端だった。
 女性の体に反応出来ない。
 それを異端だと私に教えたのは、割腹自殺した作家の小説だった。
 誰にも愛されないのだと思った。
 誰も愛せないのだと思った。
 私は息をひそめて生きていた。



「はい、パパ、あーん」
「ゆい…パパ、甘いものはちょっと」
「スキキライしたらダメ!あーんしなさい!」
 伸ばした髪を赤いゴムで二つに結ったゆいちゃんは、ままごと遊びの延長の様だ。彼女の母親はこう言って食べさせたりしているのだろう。
 彼は困った様に笑う。
「ゆいちゃん、私にくれるかな」
 言うと、彼女はあどけない瞳で私を見て、にっこり笑い
「はい、あーん」
 フォークに突き刺されたケーキを私が食べるのを満足そうに見守った。
「すみません。最近家内そっくりな口をきく様になってきて」
 ほら、ゆい、こぼすなよ。
 出て来た時は綺麗だったショートケーキは、見るも無残な姿に成り果てている。
「そうしたものですよ。女の子は成長も早いですし」
 はむはむとご機嫌でケーキを食べる彼女と、その父と、赤の他人。カップルや女性客の多い店内で、私達は少し浮いている様だった。
「河野さん」
 彼の声は心地良い。
「無理にお誘いした様で、申し訳ないです」
 皺の刻まれ始めた目尻が細められる。私は深い響きを持つ声に聞き惚れながら、無表情に近い微笑を浮かべた。
「いいえ。私も、暇を持て余していたので」
 三十になったその日、南米に鉱山を買ったばかりの父と母が現地のテロに巻き込まれて死んだ。鉱山には金脈が走っていて、私は馬鹿みたいに膨大な財産を手にした。
 たまに送られて来る報告書を両親の墓前に供える。それだけが私の仕事だった。
 有り余る時間。
 私は一人だった。
「そうですか?なら、良かった」
 ああ、クリームつけて。
 紙ナフキンで彼女の口の回りについたクリームを拭う。
 よき父親。
 よき夫。
 胸がちりちりするのは、私が決して手に入れられないものを、彼が持っているからに違いない。
 羨望だ。
 私は彼が、───真っ当な人生をかたち作る彼が、うらやましいだけだ。
「パパ、ママにケーキは?」
 会計を済ましていると、ショーケース前をちょろちょろ歩いていた彼女が言った。彼は
「ママはお友達とご馳走食べに行ったから、きっとケーキも食べてるよ」
と言いながら、彼女をひょいと抱き上げた。
「それじゃあ、河野さん」
 お引き止めしてしまって。
 鳶色の瞳が、私の内側を見ているような気がした。
 見透かされている。
「ゆい、バイバイは?」
「ばいばい」
 小さな手を振る彼女が、私の視界からゆっくり外れていった。
 雑踏に紛れる瞬間、彼はもう一度その猛々しい瞳に私を映した。



 どちらが幸福だっただろう?

 あの甘い、燃える様な日々を

 知るのと
 知らぬのと。






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