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雪、そして ともしび


 逃げよう
 ここから

どこでもない場所へ。



 流暢な日本語の合間に呟く大陸の言葉を、聞かない振りをする。
 何も知らない振りをする。
 真夜中の電話も、薄く残る血の色や気配も。
 ただ黙って、何も知らない振りをする。
 それがただ唯一の優しさと信じ込むように。
 繰り返し、繰り返し、知らない振りを。


 乾いた体温が、少し冷えた頬に触れた。
 眠りを知らない街から、カーテンが遮りきらない光が零れて、部屋を照らしている。
「少し寒い」
 誰かに聴かれるのを恐れるように、小さく、低く囁く。
 頷きで返す。
 見えない誰かを、二人揃って恐れているなんておかしい。そう思いながら声を出すのをためらい続けている。
 街の光をぼんやりと反射する厚い雲が、世界を曖昧に浮き上がらせていた。
 彼の指が、俺の指に絡む。
 ほんの僅かに、微笑む気配。
 囁くように名前を呼ぶと、なに、と喉の奥で答えた。
 俺はまた、呼ぶ。
「シュエ」
 小さく笑う。
 くすぐったい気持ちになりながら、俺は彼に身を預ける。
 骨張った大きな手が、少し冷えた俺の体を抱き締める。
 微笑む唇のまま、彼は故郷の言葉を、呪文を唱えるように口にする。


誰も 知らない所へ。
誰も 知らない所へ。


 お前となら、いいよ。

 俺は胸の内にその答えを仕舞い込んだ。










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