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あなたのせいよ
 目を閉じて。
 あなたのことだけ。



「綾木さん、今年もお盆休み、お願いします」
 こんがりと、と言うか黒々と日に焼けた工務隊員が報告書をトレーに入れながら、綾木に言った。綾木は線の細い神経質そうな顔に、あまり似合わない微苦笑を浮かべる。
「一日だけ何とかなりませんか。ね、一日だけ」
 参ったなあ、と頭を掻きながら、隊員は
「じゃあ、一日だけなら」
 と笑う。綾木は一見怜悧な目元を柔らかく細めて、
「すみません、いつも無理言って」
 そう、八月の日程管理表に書き込んだ。
「じゃあ、お疲れ様〜」
「お疲れ様でした。また、月曜に」
「あいよ」
 警備業に、休日は無い。二十四時間体制で、朝夕の区別無く、社員も隊員も働く。
 今日は金曜夜から月曜午前中までの夜勤だ。時計の針は既に十一時を回っている。
 あくびを一つ。
 と、電話が鳴る。
「はい、大帝警備の綾木がお受けします」
『カナヤホテル警備隊、志賀原です。定時連絡致します』
 首筋に、ざわざわと響くような甘い声。
 志賀原は施設警備五年目のベテランだ。主に夜勤や当務を中心に、大型ホテルの常駐警備に着いている。
「異常無しですね。引き続きお願いします」
『お疲れ様です』
 綾木は志賀原の顔を知らない。顔を合わせる機会がないのだ。
 知っているのは甘く、低い声だけ。
 だが女性隊員からは絶大な人気を誇っているのは聞いている。
 受話器を置いて、綾木は溜息を吐いた。
 ろくな会話を交わした事もないのに、その声を聞いただけで心臓が高鳴る。ビターチョコレートの様な声に綾木はすっかりやられていた。




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あきゅろす。
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