無題
時差がある事も、仕事がある事も、討が耐えているのも知っている。
けれど、むやみに携帯電話を開いては、電話がないか待ってしまうのだ。
と、マナーモードのそれが震え出した。寝転がっていたベッドの上で、皇はおもわず跳ね起きる。
着信は、まさしくその人から。
けれど、すぐには出ない。少しだけ、焦らす様に。
それから、不機嫌な声を作る。
「……もしもし?」
『皇───?』
全身に響いて染み込む様な、低くて甘い声。
「何か用か?」
『…いや、…用、は…ないけど』
わざと吐く溜息を、不機嫌の証拠として受け取った討は、急にしゅんとして
『ごめん』
と、言った。
会いたい、と唐突に思う。
黒髪を指で梳いて、甘ったるいくらいのキスをねだりたい。
薄い青の目はきっと困惑して、キスさえ迷うから、
はやく
そうねだる。
少しだけなら、留守番の褒美をやってもいい。
強い腕が抱き締める。
逞しい、広い背中。
甘い声で何度も名前を呼んで、頬に、額に、唇に、繰り返しキスを───
『…皇?』
自分を呼んだ声に、はっと我にかえった皇は、
「用がないなら、切るぞ」
そうぶっきらぼうに告げた。討は慌てて、ちゃんと食事を摂るように、と言って、ほんの一瞬黙り込んだ。
それから、
『皇』
囁くような声で
『愛してるよ』
そう言った。
通話を切る。
ゆっくり倒れて、気持ちの良い枕に顔を埋めた。
声が、まだ体の中で響いている。
少しだけほてる頬を冷たいシーツに押しつけて、
「ばか」
小さく小さく、皇は呟いた。
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