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渇望
 
 喉が渇いて、僕は真夜中にベッドを抜け出した。

電気も点けずに水道まで辿り着くと、蛇口を捻って出てきた水を直接飲んだ。溢れた流水が喉を伝って服を濡らそうと構わない。けれど、いくら飲んでも渇きが癒されることは無かった。

 水で膨れる胃で気持ち悪くなった僕は、水道から離れた。
気分が悪い。
心は渇くのに、身体が受け付けない。ただ、無為に流れ落ちる水音だけが静かに響いていた。僕はそれすらも不快で、口の端を乱暴に手の甲で拭うと、蛇口を勢いよく締めた。
それきり、暗闇は無言になった。

 喉が渇いた。
 
 僕は闇の中に立って、耐えるように息をしていた。最初よりも渇きは酷くなっていた。まるで何カ月も雨の降らなくなった地面になったようだ。ひび割れて乾燥して、パサパサと崩れていく。何かが乾いていく。だから、早く補わなくては。早く。

 
 つばを飲み込んだ。乾きは止まらない。乾き過ぎて、体に力が入らなく無なってきた。
洗面台に手を着いて体を支えた。ふと僕は、正面から誰かの視線を感じた。

 顔を上げると鏡があった。

 真っ黒い鏡の中で『僕』が僕を見つめていた。その眼は背後の闇よりも暗い、虚だった。
そいつは僕の目の前でひび割れた唇を動かして、一言掠れた声を漏らした。



「だれか……」





――助けて。








 僕は、喉の渇きで目を覚ました。まだ真夜中だった。暗闇の中、上半身を起こすと自分の頬が濡れている事に気づいた。

 跡をなぞった指を僕は少し舐めてみた。涙の味がした。
泣いていたのだ。

 
 瞳から零れた雫を飲み込むと、少しだけ喉の渇きは和らいだ。


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あきゅろす。
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