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ほんの小さな小さな夢

 鳥籠の中のニセモノの鳥。

 絵の具で着色された胴体に、本物の鳥の羽根をくっ付けて作られた小鳥の人形が、竹籤製の小さな鳥籠の中で空を見上げていた。
その低く大きく羽根を広げた姿は今にも飛び立ちそうで、なぜか私の心を騒がせた。どこかへ旅行した時の土産屋で見つけたものだった。
思わず、衝動買い。

 以来、それは私の机の上に、空の見える形で飾られている。


 ある日の午後だった。帰宅した私が自分の部屋に入って最初に見たものは、床に無造作に転がる鳥籠だった。しかも、まるで踏まれたように籠の形が歪んでいた。カッとなった私は妹に問い詰めたが、何も知らないの一点張りだった。母に訴えても、窓が開いていたから風で落ちたんでしょ、と。鳥籠が歪んだのもその衝撃のせいだと片づけられた。胸のもやは晴れなかったが、仕方なく置き場所を変えることにした。なんとか籠を元の形に近づけて、風なんかで落ちることのないように今度は硝子戸の戸棚の中にしまった。

 だのに、気がつけば戸棚の中で再び鳥籠は壊れていた。それも、中にいるはずの小鳥が外に転げ落ちていた。誰かが小鳥を無理やり引っ張り出したに違いなかった。その所為で籠が壊れたのだ。私は勿論、犯人を捜した。けれど誰もが興味なさそうに知らないと言う。

 ……どうして。どうしてこんなにも鳥籠が壊れるのだろう。私の大事な物なのに。

ひょっとして、小鳥が自分でやったのだろうか。この小鳥は姿形からして、今にも飛び立つ寸前なのである。自分で籠から出たくて暴れたのかも知れない……。 
 

 夕方。学校から帰って来た私は、ベッドに腰掛けて夕飯までの暇つぶしに昨晩の夢を考えていた。傾いた夕日が私の手と、その手の中の鳥を紅に染め上げている。小鳥に埋め込まれた黒い瞳のビーズが、きらりと光ってこちらを見上げていた。まるで私に語りかけるように。私は純粋なその視線に堪えきれず、茜色と藍色に染め分けられた空を見ていた。窓枠の向こう側は、黄昏に沈む。漂う細長い雲の輪郭は、夕日を浴びて金色に光っていた。そしてその前を優雅に飛んでいく数羽の鳥の黒い影。

 だんだんと胸に込み上げるものがあって思わず溜息が漏れた。相変わらず小鳥は、私の手の中で飛び立とうと羽根をやや広げて姿勢を低くしている。

 
――もっと上手に歩けたら、きっと空だって飛べるのに。

 耳に甦った遠い過去の記憶。
呟いたのは誰だったか。あの頃まだ私たちは、心の底から空に手が届くと思っていた。


 徐に窓辺へ近づいた。鍵を外してガラス窓も、網戸も開けた。
私はその開け放した窓の下に、小鳥を置いた。

沈みつつある夕日が、マンションの隙間から光を伸ばしていた。ごてごてと積み上がる子どもの遊びに似たブロック群の隙間を縫って、光はどこまでも届いていた。鳥を乗せた風は、私の頬を掠めながら遠くへ、遠くへ吹いていく。

 視界いっぱいに広がる金色の世界を酷く遠く感じながら、私は窓枠を握り締めた。自分を振り返れば成長した今、この世界の中で、私は自分の道さえも自由に歩くことができないでいる。光のような鋭い意志も、風のような自由奔放さも、あれば、あるだけ苦しいだけ。なぜなら鳥籠は、いつだって<此処>にあるから。<其処>にも<彼処>にも自分の<中>にだって、其れは在るから。

 目の前には、いつも夢<自由>が広がっていた。けれど私たちは、現実<鳥籠>を抜けられなかった。


 物思いに沈んでいた私は、遠くから母の呼ぶ声を聞いてそっと窓辺を離れた。小鳥をそのまま、窓も開けたままに、ドアを閉める。その時、錯覚だろうか窓の下から何かが飛び立ったように見えた。思わずもう一度開けて確かめようと思ったが、危ういところで止めておいた。

もしかして、という事もある。

 夢は、覚めるまでが夢だから。






【ほんの小さな小さな夢】


 それは今も、空が見える形で飾られている。




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あきゅろす。
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