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とある駅で
※この話は若干ホラーです。苦手な方は、引き返して下さい※





 それは地下鉄のホームで電車を待っている時だった。

久々に中学の友人と遊んだ帰り道、時刻は夜の8時を回り帰宅ラッシュをやや過ぎたホームには、疎らに人が立っていた。

 私はそんなホームの一番端、電車の最後尾が停車する位置にいた。そこが、私のこの駅での定位置だった。

 私は遊び疲れた体を何とか支えながら、早く電車が来ないかと、腕時計と電車の現れる暗い穴とを交互に見ては暇を潰していた。

 列車の到着を告げるアナウンスが構内に響きく。その無機質な音声を耳で捉えながら、私は何気なく電車の来る暗い穴を見つめていた。

 穴の向こう、緩くカーブする線路を、黄色く光る眼が走り抜けてくるのが見える。そのとき。


 私の視界の端を、何かが素早く、横切った。


 驚いて前方を見れば、ホームの縁から小学生くらいの男の子が飛び降りる瞬間だった。

「え……」


 私の微かな呟きは、突風を纏って到着する電車の、車輪が上げる凄まじいブレーキ音にかき消された。


 茫然と立ちすくむ私の前で、白々とした蛍光灯の光がぱっくり開いた口から洩れて、ちらほらと人が出てくる。私は、激しく鼓動する胸を押さえたまま、そこに棒立ちしていた。

 車掌の不審そうな視線がちらりと私に向けられて、四角い扉が、容赦なく閉まる。ごとん、という重い音を落として、電車は何事もなく、動き出した。

 私は、金縛りにあったように、動けないでいた。呼吸が上手くできず、頭が混乱していた。その目の前を、するすると車両が動き、消えた。

 後には、おそらく蒼白になっているであろう私と、黄色っぽい蛍光灯。そして、不気味な静寂を保つ線路が残された。

 どうして、誰も騒がないの。

 正気に返った私が一番に思ったのはそれだった。もしかして、目撃したのは私だけなのだろうか。でも、向かいのホームの人も、さらに列車の運転手も見なかったのだろうか、あの少年を。

 だんだん気持ち悪くなる。吐きそうな口を押さえて、けれど気になって、私はそろそろと、線路を覗き込んだ。



 そこには、誰の人影も、何の跡も無かった。


 後から友人に聞いた話だが、そこはよく投身事故が起こることで有名な駅らしい。つい先週にもサラリーマンの男性が、慌てて線路に飛び込んで、電車にひかれて死んでしまったという。その男性が、なぜ慌てていたのか、誰にも分らなかった。けれど、私は思う。もしかしたら、その死んでしまった大勢の「自殺者」の中には、そのつもりが全くない人も、いたのかも知れない、と。



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