相互記念小説 注意:この話はまいみ様の記念小説の続きとなっています 室内から眺めるよりもずっと、舞い降りる雪には勢いがある。 顔に向かって突っ込んでくる雪片を避ける内に、俺は自然と俯き加減で歩いていた。白く薄化粧された地面は、気をつけないと転びそうだ。 呼吸のたびに鼻の奥がツンと痛んで、凍った水の匂いがする。 右隣でおきた、派手なくしゃみが空気を震わせた。 「……大丈夫か」 俺は思わず博人に声をかけていた。 やはり、あのままカフェテリアでだらだらと、暇を潰していた方が良かったんじゃないか。 「へーき。それよりお前の方こそ、ついて来て良かったのかよ?」 「……俺だって人並みに、好奇心はあるんだ」 「ふーん……」 隣を歩く俺を一瞥して、博人は足を速めた。 俺たちは今、俄かに騒がしくなった大学構内の元凶である、パトカーの向かった方向へと歩いていた。 周りの生徒が次々と向かう、その先に何があるのか気になっている。それも勿論あるが、この友人の場合はもっと不純だ。 「つーか、あのメイドの向かった先って、パトカーと一緒じゃね?」 数分前。浮足立つカフェテリア内で、落ち着きを無くす俺に放った博人の言葉に、俺が嫌な予感を覚えたのは言うまでも無い。 正月早々、面倒事はごめんだ。 「あー……かも、な」 曖昧に誤魔化す俺の声が耳に入っているのかすら怪しく、博人は目の前のカップの中身を一息に飲み干すと、いきなり鞄を手に立ち上がった。 「――っオイ!」 「俺やっぱ行ってくるわ。何が起こったのかも気になるし」 「お前、ホント物好き……」 何が楽しくて、訳の分からない格好の女と親しくなりたいと思うのだろう。しかもついで≠ノ事件見学なんて。 「お前は?」 そう尋ねる博人に、きっぱりここに居ると宣言しても良かった。しかし、好奇心というのは誰の心にもある物だ。それに、コイツだけ行かせて、その間俺は悶々と過ごすのか? 「……俺も行くよ」 結果そう答えて、冷え切った抹茶ラテを喉に流し込んだ。 そうして俺たちは、今に至る訳だが。 「うわっ! すげぇ人だかり……」 現場の学生用駐車場に辿り着くと、そこは博人が口にしたような状態となっていた。駐車場入り口と校内道との合流地点に、携帯片手に集まった学生たちが、遮る警察官と黄色いテープの外側をぐるりと囲んでひしめき合っている。ここから見えるのは生徒たちの背中と、パトカーと救急車だけ。 いくら目立つ格好をしているといっても、この塊の中から一人を見つけ出すのは困難に思えるが……。 そう博人に声を掛けようとした俺は、いつの間にか隣から友人の姿が消えている事に気付いて、慌てて周りを見渡した。 「え、おい!? 博人……」 「ダメだ、いない!」 「うわっ! お前、どこから……」 声を辿ると、木の上から。丁度近くに植えられていた百日紅の木の、一番低い枝に鉄棒の要領で上半身を乗り上げた友人が、高い位置から見物客を見ていた。 「お前、博人! 木、折れそう……!」 「メイド少女も白衣の男も確認出来ず!」 「だから、折れるって!」 灰白色の細い枝は博人の全体重を掛けられて、悲しげに揺れている。というか、ミシミシ聞こえる気が。 いよいよ木と俺が悲鳴を上げそうになって、博人は地面に降りて来た。 「あーくそっ! 行き違いになったか……」 「もうイイじゃないか。戻ろうぜ……」 コスプレメイドに執心している友人。俺はコイツが、メイド探しのために何かを犠牲にしそうで怖い。既に俺の心の平和は、消えかけている。 未だ諦めがつかないのか、ぐるぐると辺りを見回る博人の気を逸らそうと、俺はここに来たもう一つの目的を投げかけた。 「……それで、何が起きたみたいだった……?」 「んー、なんか、事故っぽい。ここからじゃ見辛いけど、向こうに軽自動車止まってる」 「マジで? ……し、死人は……」 ごくりと、唾を呑む俺を見て、博人があっけらかんと言い放つ。 「そこまで分かんねーよ。けど、救急車止まったままだし、血も飛び散った感じしてねーし、大丈夫じゃね?」 そこで一度言葉を切ると、友人は渋い顔をした。 「けど、まあ、俺……これから不用意に死ね死ね言うの、止めるわ」 「……それが、良いだろうな」 俺は大きく頷いた。 いつの間にか雪は止んでいた。 その後、掲示板に張り出された大学新聞の号外によれば、あれは雪によるスリップ事故だったようで、けが人は運転手と同乗者だけ、しかも軽傷で済んだという話だった。 俺の心はそれで一安心、かと思いきやそうでもない。 博人が、いつまでもメイド、メイドと煩いのだ。 忘れろといっても、相手にされない。 今ではもう、完全に聞き流しているが、どうにも妙な予感がして堪らない。 新しい年の幕は上がった。 俺のおみくじは『大凶』だった。 これらが意味するものとは? 「おーい、何してんの、授業始まるよ?」 博人が廊下の先で呼んでいる。俺は物思いに沈んでいた顔を挙げて――固まった。 数メートル先、友人の背後を通り過ぎる白い影。 白衣の男。 (あれは、まさか) 『新しい出会いに、乾杯』 尊敬するまいみ様へ 感謝をこめて 2011.1.9 苗代綴留 [前へ] [戻る] |