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真夜中の逢い引き 前編

鐘が鳴る。
町を静かに包み込む、時計台の鐘の音。
そしてそれは、彼女が目覚める合図だ。

真夜中、僕はいつものように埃っぽい屋根裏で目を覚ました。
背中越しの硬い床板から、冷気が身体に染み込んでくる。

――酷く、寒い。

指先に触れる月の光をぼんやりと眺める僕の意識に、遠くから響く鐘音がするりと入り込む。夜の十二時を告げる鐘だ。街に居ればどこからでも見ることのできる巨大な時計塔を脳裏に浮かべていると、視界の端で何かが動いた。

「……まだ、生きてる?」

彼女だった。
夜しか動くことのできない彼女が、音も無く鍵を開けた扉から滑り込む。月光を浴びて艶めく金髪。赤い唇。それがぱっくりと開いて、再び僕に問いかけた。

「ねえ」
「……だい、じょうぶだよ……」

僕は、乾燥して張り付く喉を振り絞って答えた。口の中も唇もかさかさだ。
思えば2日間ほど、水分を取っていない。
ここに閉じ込められてから、ずっと。

足音が近づくのに合わせて、僕も咳き込みながら上体を何とか起こす。
体重を支える腕が、震えた。それだけの動作で、息が上がった。眩暈も酷い。
背後の壁にもたれてやっとな僕を眺めて、傍らに立つ彼女は満足そうに笑う。

「ねえ、辛い?」

白い袖から伸びた青白い手が、僕の頬に触れる。
ひやりと冷たい感触に、一瞬背筋が震える。

「苦しい? 早く、楽になりたい?」

俯く僕の顔を覗き込んでくる、彼女の細められた瞳に浮かぶのは期待だ。
僕がその一言を漏らす事を願う、彼女の唯一つの望み。

「……まだ、だ……」

掠れた声で否定する僕は、けれどもその願いを受け入れることが出来ない。
彼女の希望を叶えることは、出来ない。
だってそれでは、彼女を『呼び戻した』意味がないから。

僕の返答に、彼女は静かに目を伏せた。

「……そう。残念だわ」

そして彼女は僕の首に腕を回すと、甘えたように、すり寄って。

「ねえ……――」

耳元で、囁いた。


早く一緒に、死にましょう? 

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