LOVESONG
05
裾や丈が大きい学生服。肩幅もまだ春にとっては小さい。三年生になると丁度いい大きさになるからという母の言葉を怪訝に思いながら、春は二回りほど大きな学生服を選んだ。156cmの春が3年間で15cmも背が伸びるのということは自分でもどうも信じ難かった。期待と少しの不安も背負い中学をして半月が経つ。通学班がなくなり朝寝坊をしても誰にも迷惑を掛けない所が気が楽だったが、それをいいことに頻繁に朝寝坊する慶介を待つ時間をこれから3年間耐えなければならないと考えると先が思いやられる。けれどまたこうして一緒に学校へ二人で登校できることに春は安堵を覚えていた。慶介とは違うクラスになった。小学校六年間、二人はずっと同じクラスで常に二人一緒に行動をしていた。春は慶介が横にいることは当たり前で、慶介も同じように春が自分の横に居ることが当たり前なことだった。幼稚園も一緒のクラスだった春は、初めて慶介の元を離れることに猛烈な不安を感じた。入学から半月、今でもその不安は抜け切れない。
 今日もチャイムを鳴らし10分間待っている。昨日も慶介の準備のお陰で春は遅刻をしてしまった。春は塀に寄りかかり地面を這う蟻を眺めていると、ドタバタという派手な足音のあとドアが勢いよく開かた。
「わりー!また遅くなった」
ボサボサな髪の慶介を目にして、春は軽くため息をついた。呆れながら悪態をつく春だが、優しい口調は嫌味をまったく感じさせない。肩を並べ、学校までの徒歩15分の道を歩く。新しい環境に新鮮さをただ感じる慶介は、新しく出来た友人の話や教師の話を春にする。それを春は心の何処かで疎外感を感じながらも笑顔で相槌をうった。
「お前は?新しい友達できたか?」
ふと慶介が口にした。春は少しうつむき加減になった後、笑顔の表情をつくってみせた。
「うん。できたよ。慶介ほどじゃないけどね」
ふうん、と腕を頭の後ろで組みながら慶介は言った。
「お前俺とばっかいたしそういう性格だから不安だったけど。できてんならよかった」
「そういう性格ってなんだよ」
「良くも悪くも大人しいって意味だよ」
 春にとって慶介がいう悪口は、少しむっとすることがあっても嫌味を感じることはなかった。どうしてか今は慶介の言葉に強い嫌悪を感じてしまう。慶介はいいよな、そういう性格だから、俺のことも考えずにすぐに友達を作るんだ、春は言葉には出来ない悪態を胸の中で吐き捨てた。春の一歩先を行く慶介。子供の頃は羨望の目で見つめていた。今はその背中がどこかへ行ってしまうのではないかと不安な眼差しで見てしまう。

 中学生に入ると授業と授業の合間に10分間の休憩を挟むようになった。小学生のときは給食の後にようやく訪れる自由の時間を春はまだかまだかと待ち望んでいたが、見知らぬ顔ぶれが多いこの空間で自由時間が訪れることに楽しみを覚えなかった。その反面、慶介の元を離れて新しい友人を作るチャンスを棒に振るいたくないという気持ちも少なからず過ぎる。周りを見渡すと、わいわいと騒ぎ立てるグループがいくつか、割と目立たないタイプが揃い何かを熱弁しているグループ、席をはずしている生徒たちもいる。その輪に自分から入る度胸は春にはなかった。慶介が居ないと何も出来ない自分が情けなくなる。慶介のところへ行こうという考えは、彼が新しい友人と和気藹々としているところを目の当たりにした時点でなくなっている。春は鞄を手にし、先週手に入れた好きな作家の新刊を取り出しページを開いた。自由時間をいつもこうして読書にあてているため未読のページ数は少ない。春は残りのページを集中し読み始めた。
「ねえ、その作家好きなの?」
 突然の言葉に驚き春の体はびくりと跳ね上がる。おどろいた目で声の主を確認すると、にこりと笑顔を見せる男子生徒の姿があった。クラスメイトの顔をまだ認識していない春は勿論彼のことを知らない。突然の質問に返答をする術もなくただ目を丸くあけて目の前の男子生徒を見上げた。背は160センチ前後、色素の薄い灰色がかった髪が似合う大人びた顔をした、そんな少年だ。
「そんなに驚くことないじゃないか」
 彼は笑いながら離籍の前の生徒の椅子に腰をおろし春の方に向かい合った。自分に向けられる見ず知らずのクラスメイトの真っ直ぐな眼差しに、春は思わず斜め下に視線を逸らしてしまう。自分はこんなにも人見知りだったかと春は焦りの色を隠せない。そんな春の内心を察することなく、彼は淡々と言葉を続けた。
「彼の小説良いよね。俺も好きなんだ。それ、新刊だろ?俺もう全部読んじゃった」
 春は少し驚いた表情を見せた。小学校5年生のときに背伸びをして児童書ではなく一般の小説を手探りで図書館で借りた。中身は推理小説ものだった。たまたま見つけたその本は、今まで読んできた児童書とは違い字数や漢字が多く難しいと感じることはあったが、巧妙な筋たてで事件を解決してゆくその本は春にとってとても魅力的なものだった。今はその作者の作品を8割ほど読了している。あまり有名ではない作家らしく作品数も少ないが、それはどれも春の好みのものだった。その小説家の本を彼は好きだといった。あまりの偶然に春は運命的な何かを感じる。
「へえ!君も好きなの?珍しいね。こんな本しってるなんて」
 先ほどの下を向くおどけた表情と変わり、春は一気に笑顔で嬉しそうな声をあげた。少年はそんな春に微笑みながら答える。
「うん。この作家あんまり有名じゃないけど、コアな人気があるんだよ。いつも君、その本読んでるだろ?珍しい子だなって気になってたんだ」
「そうなんだ。嬉しいなあ。まさか山岡宏好きな人がこんなに近くにいたなんて」
春は身を乗り出して少年に輝いた目を向ける。ふと思いだしたように春は困った笑顔に表情を変えた。
「そうだ。君の名前なんていうの?俺まだクラスになじめてなくて…」
「今野祐。二中出身なんだ。君は高野春でしょ?」
 名乗る前に自分の名をあてられ、春は恥ずかしそうに後頭部を掻いた。入学し半月も経っていれば、普通の生徒だったらある程度の人数の顔と名前は一致する筈だ。それでも目立たないであろう自分の名前を知っていてくれたことが春は嬉しかった。
「春に生まれたから春っていうの?女みたいな名前だな」
 からかうような口調に、ふと慶介の面影を感じどきりとする。
「ううん。冬に生まれたんだけど、親が好きな季節が春だからって」
「へえ。確かに肌白いし、冬が似合うよね。いい名前だな」
「なんだよ、さっき女みたいって言ったじゃんか」
 露骨にぷくりと頬を膨らませる春に祐はごめんごめん、と笑顔で謝った。それから残りの自由時間を、作家の山岡宏について話をしたり、お互いのことを聞きあい楽しく過ごした。10分前までは友人が出来るかと不安でたまらなかった春は、急速に距離を縮められた祐という存在に胸を騒がせる。山岡宏の話を慶介にしても興味の無さそうな態度をとられるだけだったが、祐とはその魅力について話し合うことができる。春は今まで体験したことのない種類の喜びを感じた。春は12年間慶介が一番の友人で、彼の枠に嵌りすぎていた。狭く濃厚な人付き合いをしてきた春にとって、趣味の合う新しい友人というものはとても新鮮なものだった。慶介とは正反対の文系のオーラを持つ祐だが、春は彼と自然と彼と打ち解けることができた。それは慶介と春の関係と似ていて、同じ波長を持ち合わせているからだろう。春は次の授業に入ると、次の休憩時間が楽しみでたまらなくなる。自然と笑みが零れていたのか、教師がそんなうかれた春の表情をおもしろおかしく指摘すると、生徒はどっと笑うのだった。春は顔を真っ赤にさせ体を縮め後方の祐の姿をちらりと確認すると、彼も春の後ろ姿をみていたのかすぐに視線がぶつかりあった。目が合うとは思わなかった春はすぐさま視線を戻そうかと思ったが、祐がにこりと笑いかけたので、不器用な笑顔を彼に返した。
 休憩時間が訪れると、春はすぐさま祐の元へ駆けていった。昼休みも二人で教室で過ごす。祐に話したい膨大な話題を、春はどこから話そうかと落ち着きなく口元を動かした。ころころと表情を変え楽しそうに話す春に祐も笑顔で相槌をうつ。落ち着いた雰囲気をもつ祐は冷静な返答をするが、時に春の言葉を茶化し面白がったりもした。放課後の時間も春は祐のところへ駆け寄り、また明日、と挨拶二人は挨拶を交わした。教室を出た春はすぐさま春の教室へ直行した。慶介とリンネへ行くため呼びに行くのだ。月水金の週3日、4時からというルールは通いつめて9年間変わりはない。ただ変わったことは中学生からの教室へ移動したことと、課題楽曲がより難関度が上がったことだ。
 春は慶介の教室の前に立つと、引き戸を開けドアから顔を覗かせ慶介の姿を確認する。垢抜けた生徒たちとじゃれあう慶介は、視線を感じたのかすぐに春に気がつき手を振った。
「今行くー!」
 春へ向けられた声と同時に、周りにいる生徒たちは一斉に慶介の視線の先を追った。慶介の友人達のその容姿からか、自分がどこか笑われているような錯覚に陥り、春はすかさず顔を引っ込み実を隠してしまう。しばらくすると慶介がぽんと春の肩を叩き、お待たせ、といつもの笑顔を春に向けた。春は安堵し、慶介と肩をならべて昇降口まで向かった。

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