LOVESONG
04
翌日、南の転校はクラス全員に担任から伝えられた。南とすご残りの一週間、クラスメイトは積極的に南と遊んだ。春も残り少ない南との時間を大切にするように、寂しさを堪え努めて明るく接した。気持ちが表に出やすい春に、慶介が南を悲しませてはいけないからと伝えたことだった。あれから南と慶介と春、三人でよく遊び、歌も歌った。南は今まで見たことのない笑顔で笑った。時間がこのまま止まりますようにと、春は何度も何度も神様に願った。
春の願いも虚しく、南のお別れ会の日がやってきた。慶介は胡散臭いマジックを教卓で披露をしていた。どれもバレバレな仕掛けに、生徒たちも、南も笑い声をあげていた。
「はい!次が最後で、究極の極上のマジックです!この堅い鉛筆をぐにゃぐにゃに曲げてみせます!」
鉛筆の先っぽを手にすると、ゆらゆらと浮遊するように揺らした。目の錯覚により鉛筆がぐにゃぐにゃと曲がっているように見える。
「なんだよそれっくだらねー」
「知ってるぜそれー」
「なんだと?究極なマジックに口出しすんじゃねえっ」
わはは、とまた一斉に教室に笑い声が響いた。どんなに子ども騙しなものでも、慶介の巧みな口にかかると不思議なほど楽しいものに変わる。単純な春は、慶介の鉛筆がどうしてそんなに曲がるのかとただ不思議に思うのだった。
 表舞台が苦手な春は、歌の出し物をしようと考えが巡ってもそれを実行することが出来なかった。リンネでの発表会でも、慶介がの存在が緊張を和げてくれたが、きっと一人では足が震え、声を出すことができないだろう。今度の発表会は、南が抜けることにより春一人で歌うことになった。発表会の数分の一にも満たないこの人数を前に、大好きな南の為に、歌を披露することのできない自分が情けなかった。同時に、何でも人前でうまく物事をこなしてしまう慶介が羨まして仕方がなくなる。
 生徒たちの出し物が終わり、南はクラスメイトの顔を確かめるように前へ立つ。しゃんと背筋を伸ばし、別れの挨拶をはきはきとした口調で言葉にした。
「皆と一緒に勉強ができてとても楽しかったです。皆のことはアメリカでもずっと忘れません。本当にありがとうございました」
深々とお辞儀をする南に、拍手と喝采が降り掛かる。
「みんな、佐野さんの前に一列に並んで、一人一人挨拶をしましょう」
担任の言葉に皆一斉に南の前へ列を作った。慶介も用意したプレゼントを手に列に加わる。春の姿を確認しようと列を見渡すが見当たらず、後方に視線を移すとひとり席に座り俯く彼の姿があった。慶介は列から外れ春の元へ駆けてゆく。その様子は南の目に映り、一瞬心配の表情が現れるが、すぐさま別れを告げる生徒へ笑顔を向け直した。
「春、どうしたんだよ。行こうぜ」
「うん…」
返事とは反対に春の体は動こうともしなかった。慶介は困ったようにしゃがみ春に説得をする。南の前の列がだんだんと短くなる。
「春、はやくしないと」
春は顔を隠すように下を向いたままだった。今南の元へ行くと、別れを実感しなくてはいけない。涙が零れるかもしれない。行かないでと駄々をこねるかもしれない。底知れぬ不安が春の体を固めてしまう。クラスメイト全員が南に感謝と別れの言葉を告げると、南はすぐに春と慶介の元へ駆け足で向かった。
「春ちゃん…」
南は覗きこむように春の顔を確認すると、春はその瞳を避けるように更に視線を下へと向けた。
「春ちゃん、ありがとう。春ちゃんと仲良くできて幸せだったよ。でもさよならじゃないから。電話もして、手紙も書こう?そしてまたすぐ遊びにくるから」
少しの沈黙の後春はようやく顔を上げ、南と目と目を合わせた。南はどこまでも優しい笑顔を春へ向けた。
「おっきくなったら、慶介くんと有名な歌手になって。アメリカでも有名な歌手。私、そしたらずーっとファンでいる」
南の前ではもう泣かないと心で決めた筈なのに、春の涙はあとからあとへと流れ出た。春の泣き声は教室中に響いた。春の涙につられ涙を流すクラスメイトたち。南もたまらず涙を流した。慶介も、今にも零れそうな涙を、春を前に必死に堪えていた。

発表会は大成功を遂げた。慶介と春のソロ、それぞれ練習の成果を存分に発揮した。南の存在が春の背中を押してくれたのだ。南に歌声を届けるように、春はのびやかに声を響かせた。
あれから一週間。発表会も終わり慶介の緊張はすっかり抜けていた。春は気が緩むというより、なにか大事な魂が抜けたかのように元気をなくしていた。常にぼうっとしていて、慶介の質問にも曖昧に答えるだけだ。
「おいーっ聞いてんのかーっこのボケナスがーっ!」
「ん?んん」
何度も同じ質問をしても黙ったままなので、慶介は春の耳元で大声を出したがこの様だ。ボケナスの言葉にも反応を見せない。慶介は肩を竦めた。
 土曜日の今日、慶介は春へ海へ遊びに行こうと誘った。家から電車で2時間。少し離れにある海は、幼い頃から決まって夏に家族ぐるみでキャンプを楽しむ場所でもあった。最後に訪れたのも2ヶ月前の夏の日だった。海の家もなく人気もないがらりとした海岸は、賑わいでいた2ヶ月前の姿とは違った魅力をみせた。慶介は春の手を引き波打ち際まで連れ出した。ばしゃりと海の水を春にかける。目を覚ますかなように春は目を見開き、驚いた声をあげた。
「へへーん。ぼーっとしてるやつが悪いんだよっ」
慶介はこれでもかと言わんばかりに春のシャツを濡らした。
「ひゃっ!つめたっ!やめてよーっ」
嫌がる口調でも、春は笑っていた。久々に見る春の無邪気な笑顔に慶介は安堵する。逃げる春を慶介は追いかけた。春は時折振り返り、仕返しをするように慶介へ水をかけた。

 遊び疲れた二人は砂浜に肩を並べて座っていた。行き来する水の動きを二人はただ眺めた。
「海ってなんで青いか知ってるか」
慶介は空を眺めながら少し大声で春へ聞いた。
「なんでだろ?青く色つけてるから?」
「ばーか。ちげえよ。海っちゅうのはなあ、空の色を反射してるから青く見えるんだってよ」
慶介の言葉に春は首をかしげる。慶介の言っていることはわかるが、空の色を反射する、それがどういうことなのかいまいち理解し難いのだった。
「ふうん。なんかよくわかんないけど、すごいね」
春はにこにこと笑顔で曖昧な返事をした。
「この海まーっすぐ行くと、南のいるアメリカだぞ」
「えっ!泳いでいくとどのぐらいかな!?」
「100年ぐらいじゃねえ?」
100年という適当な慶介の返事に、春の大きく抱いた期待が一瞬にして崩れていった。二人は南と一緒に過ごした時間を思い出す。鮮明に浮かぶ南の笑顔が、海を越えた遥か遠くにある事実を実感するはことは難しかった。
「南ちゃんに僕の歌、届いたかな」
「うん。きっと届いてるって」
「慶ちゃん」
「ん?」
「今日、何で海きたの?」
「春、最近幽霊みたいだったろ。南に会わせようとして頑張ってやったんだよ」
そっぽを向け次第に早口になる慶介の言葉。それは彼が照れている証拠だった。
「慶ちゃん、ありがとう」
涙目になりながら慶介に微笑みかける。慶介は顔を赤くし、砂に埋もれた石を海へ投げつけた。
「アメリカじゃなくてわりーけどな」
「ううん」
春はぶんぶんと大きく首を横に振った。今にも慶介に抱きつきたい衝動にかられる。幼い頃はよく感情のまま表したその行動も、年を重ねるにつれて回数は減っていた。慶介から春の体に触れることはあっても、羞恥から春は自ら慶介の体に触れることはなくなっていた。
「慶ちゃん、南ちゃんが僕に最後に言ったこと覚えてる?」
「二人でビッグな歌手になれって?」
春はこくりと頷く。
「絶対叶えようね。そして南ちゃんにテレビで聞かせてやるんだ」
何度も交わした約束。今日のその言葉は、今までのどの言葉より意思が込められていた。
「勿論だよ。俺と慶介は最強のコンビだかんな。なれない筈がねえ」
凛々しく眉を上げる慶介の顔に、春はどきりとした。慶介の口から出された言葉は、魔法のように春へ幸福を与えるのだった。慶介は腰を上げ、春へ立ち上がりようにと視線を促した。春の手を取り、拳を大きく振り空へ向けた。
「目指せ全米デビュー!」
海の向こうへ届けるように、慶介は大声で叫んだ。
「デビュー!」
春も慶介の真似をし声を絞り出した。語尾が少し裏返ったのを、慶介は揚げ足をとるようにからかった。春はぷくりと頬を膨らませた後、一緒に無邪気に笑った。


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あきゅろす。
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