LOVESONG
02
ピカピカだったランドセルも、3年目になるとだんだんと厚みがなくなってきた。小さな体には大きすぎたその大きさも、絵に描いたようにしっくりとする大きさに見えた。慶介と春は3年間同じクラスで、相変わらず何をするでも二人で行動をしていた。今日もいつものように授業を終え、通学路を二人一緒に歩いていた。慶介はフェンスに木の枝をぶつけて音を鳴らせながら、一歩後ろを歩く春へ声をかける。
「なあなあ、リンネの発表会、南とだったって?」
「うん!南ちゃん歌うまいから僕ついてけるかなあ」
リンネでは年に1回発表会がある。リンネ全体での合唱もあるが、少数選ばれる優秀性はソロやペアでの発表をすることになっている。春と慶介は歌がとても上手い。毎年優秀性に選ばれては沢山の観客の前で歌を披露してきた。そのメンバーを決めるのも、ソロかペアかを決めるかも講師たちが行っていた。二人がとても仲が良いことと同じように、彼らの歌声はとてもバランスが取れていることを講師達は熟知していた。毎年二人はペアに選ばれ歌ってきたが、今年は違った。リンネ1に歌が上手いと言われている慶介がソロでのトリを任されたからだ。春はクラスメイトでもある佐野南とペアで歌うこととなった。彼女は学校では成績優秀、リンネでは女の子の中では一番歌が上手く、お嬢様という言葉が型にはまるおしとやかな女の子だった。
「ふうん。南と組めてよかったじゃんかよ」
そういう慶介の声はどこか不満の色を含んでいた。
「慶ちゃんだっていいじゃん。だってソロだよ!すごいや」
ははは、と無邪気に笑う春の声に慶介はむっとする。今年も春と組むとばかり思っていた。思ってもみなかったソロへの抜擢は、嬉しさの反面それ相応のプレッシャーがある。自分がそんな気持ちなのに、対象にどこか浮かれるような態度を見せる春に慶介は不満を抱く。
「いいよ。お前らより俺ずーっと上手い歌歌ってやっから!」
べーっと舌を出し慶介は走り出した。春は慌てて慶介を追いかける。
「まってよー!」
運動神経が悪い春は走るのも遅い。それを承知で、慶介はわざと走るスピードを遅くしている。二人で遊ぶときはいつもそうだった。春は一生懸命に慶介の背中を追い肩を掴むと、二人は無邪気に笑った。単純な性格の慶介は、ついさっき感じていた不満など忘れ、また春をからかい始める。そうして春も同じようにいつものようにふくれて、慶介はそれに笑い声をたてる。一緒に春も無邪気な声を重ねた。

「南ちゃん今日の中間休みに算数教えてよ!」
給食のコッペパンを頬張りながら、斜め前に座る南へ春は声をかけた。食べるのが遅い春だが、南の机に乗る食べたものは春の二分の一も量が減っていない。小さな口にお行儀よく箸を運んでいる。
「うん。いいよ」
「やったー!ありがとう」
にっこりと満面の笑みを顔面に貼り付け春は喜んだ。その様子をみた班の生徒が手でメガホンの形をつくり声を張る。
「ひゅーひゅー!お熱いねーっ」
「ラブラブー!」
飛び交うからかうような口調を、彼らとは隣の班の慶介は耳をそばたてて聞いていた。いつもは春を庇う慶介だが、このときばかりはからかわれる方が悪いんだと悪態をつく。
「そんなんじゃないよ。南ちゃん算数いつもすごい点数だから教えてもらうだけだよ」
春は膨れっ面でぼそりとつぶやいた。じゃあさっきの嬉しそうな声はなんだったんだよ、と慶介は胸中で再び毒を吐いた。
「私ね、算数すごい好きなんだ。ゆう君とひかる君にも昼休み教えてあげようか?」
「いーよ。そんなんやりたくねーよ。俺たち外で遊ぶんだからね」
からかっていた二人の生徒は一瞬にして大人しくなる。そして昼休みで生徒内で流行っている"ドロ警"の遊びについて興味の的を変えていた。
 南は子どもと一歩置いたような落ち着いた何かを持っていた。整った小さな口から零れる母親のような優しい口調に、いつも彼らも口出しはできなかった。春は南を眺めていると南も視線を春へ向け、二人はくすりと笑った。その様子をみていた慶介は隣の席の生徒に視線を移す。彼は気弱でクラスでもよくいじられるキャラクターで、憎めないような性格は更に慶介のようなやんちゃな生徒の標的になりやすいのだ。慶介のアルミのおぼんに乗った皿も、オレンジシャーベットの容器も空になっていたが、彼の皿にはまだ沢山のおかずが残っている。慶介におかずやデザートを横取りされることが日常茶飯事にもなっていた彼は、オレンジシャーベットをわざと慶介から遠ざけるように置いていた。慶介は獲物を狙うハンターのように目を細め、素早いスピードでそのオレンジシャーベットを奪った。
「あ!ちょっと!返してよ!」
「うるせえ。ウィーン少年合唱団にでも入れたら返してやっけどな」
「なに、ウィーン少年なんちゃらって。なんでもいいから返してよー!それ、ずーっと楽しみにしてたやつなんだから」
少年は涙目になりながら慶介にすがる。慶介はがつがつと大口でシャーベットを掻きこみ、空になった容器を少年の顔も見ずに乱暴に差し出した。
「ほらよ。返す」
「そ、そんなあ」
涙をほろりと溢す彼に同情する生徒と、大笑いをする生徒が対照的だった。慶介がいることで班はいつも賑やかだ。当の本人は、彼らを喜ばせようとも、悲しませようともしていない。ただ本能のままに行動をしているだけだ。今日のそれは行き場のない苛立ちだった。慶介は椅子の背もたれによりかかり腕を組んで隣の班をまた眺めた。
「なんっか、気にくわねえ」
いつもはとても目立つ彼の声だが、その声はとても小さくトーンが低かった。そんな彼の声は、春の元に届く筈はなかった。

「ちがうよ春ちゃん、そこの答えは3だよ」
「え?なんで?だってどうやったって5だよ」
両手を一生懸命動かし指の数を数える春に南はくすりと笑った。南が時計をみると、昼休みの時間が半分終わっていた。
「この問題終わったら、歌の練習ちょっとしよっか」
春の気難しい表情が、南の微笑みによって一瞬で晴れやかなものに変わる。
「あ!いいね!しようしよう!」あと一問が終わったら、という南の言葉を無視し春は鉛筆を手から離して教科書を閉じた。南はその様子にくすくすと笑い声をたてる。乱雑になりがちな男子の筆箱とは違い、春の筆箱は汚れがなかく、中身も綺麗に整頓されていた。鉛筆にはキャップを閉め、他の鉛筆と芯の向きを揃えて筆箱にしまった。
「春ちゃんってすごく几帳面よね。なんだか女の子みたい」
「きちょー?なにそれ。それに女の子ってなんだよー」
春は不愉快だといわんばかりに頬をふくらませた。
「春ちゃんって、お父さんっていうよりお母さんの方が似合いそう」
「お母さん!?えー。なんだよそれ。僕はねえ・・み、南ちゃんの…南ちゃんの…」"だんなさん"になりたいんだよ。春はそう続けたかったが、口がどうしても進んでくれない。耳まで真っ赤になりながら下を向いてしまう。南は不思議そうに春の顔を覗き込んだ。
「なあに?私が」
「み、南ちゃんは、お母さんがすごく似合いそう」
「くす。そっかあ。私もおっきくなったらお母さんになるのかあ」
想像を膨らませるように南は宙を眺めた。自分が母親になった姿をほんの少し想像してみた。まな板でカレーの材料を切りながら、鼻歌を歌っている背の高い自分の姿。それはどうもしっくりとこないもので、ステージで華やかな衣装を着てマイクを握る、そんな自分の姿が母親の自分をかき消すのだった。
「ねえ、春ちゃんは将来何になりたいの?」
「え?将来?そりゃあ勿論、歌手だよ」
考える時間もなく零れた春の言葉は夢に満ちていた。目はきらきらと輝いている。
「私もよ。大人になったら一緒に歌手になろうよ。そんで、私がつくった歌と春ちゃんが作った歌をお互い歌うの」
「わあー。いいね!俺も南ちゃんと一緒に歌いたい」
同じように輝いた目をした南に意見を重ねる。楽しさが脳内前面に押し出されたあと、春の表情は一瞬固まった。その瞬間、春の脳裏には慶介の姿があった。何度も何度も二人で口にした、一緒に歌手になろうという言葉が、南の言葉に重なる。その後も二人で進む歌手の世界への想像を南は膨らませていたが、その言葉を曖昧に春は頷きながら耳にしていた。

春は放課後、南にリンネへ一緒に行こうと誘ったが、今日は医者があるから遅れていくと断られてしまった。的を慶介に移すと、俺は第二の妻かよ、とふざけた口調で文句を垂れていた。
 リンネは電車を乗って数十分離れたところにある。家へ一度帰ってからでは間に合わないので、週3日のリンネの日はランドセルを背負ったまま学校から直行する。本数が少ない電車は乗車する人の数も少ない。慶介と春の他、杖をついた老人が光をあびるようにゆっくりとした時間を過ごしていた。電車の真横から差し込む太陽の明りに、線路に揺れる電車の音。のんびりと流れるこの数十分の空間を、二人は鬼ごっこをして騒ぎ立てたり、時にはよりかかって眠っていたりと自由に過ごしていた。今日の慶介は春にブロッキングを仕掛けるでもなく、思いついた遊びを提案することもしない。椅子に座り足をぶらぶらとただ揺らすだけだった。春もそんな慶介の真似をし、ちょこんと大人しく足を揃え座っていた。春はよく慶介の真似をする。慶介が好きだというものは何でも良いと思い、慶介が行きたいと言う場所は駄々をこねて着いていくと騒いだ。それは春が慶介に抱いている羨望そのものだった。歌手になりたいというただひとつの夢を幼心でつよく願う慶介の姿をカッコイイと思った。その強い意志をみせつけるような確かな実力にただ憧れを抱いた。赤子の頃から一緒に過
ごした同い年の幼なじみでも、その強い気持ちは常に春の心に張り付いている。
 太陽が段々と色を帯び、車窓を橙色に染めた。電車内に並んだふたりの姿が黒く映る。こくこくと首を不規則なリズムで落とす春を眠りの縁から戻そうと、ようやく慶介は口を開いた。
「南と練習はうまくいってんのか?」
「えっ!南ちゃん?」"南"という単語が、反射的に春の体を浮かせた。その大袈裟なほどの反応に慶介は少しむっとする。
「いい感じだよ!南ちゃんすごく歌うまくて…先生も二人の声ぴったりって言ってた」
春の晴れやかな表情と対照的に、慶介は今度は露骨に不機嫌そうに眉を歪めた。春ははっとして、しゅんと地面に視線を落とす。
「そらそうだよな。お前ら学校でも仲いいもんな」
「そんなことないよ…」
「一緒に歌手になろうとか言っちゃってさあ。お前らだったら売れるだろうな」
皮肉をたっぷり含んだ言葉を吐く。昼休みに教室で遊んでいたは慶介は二人の会話を聞いていたのだ。何度も慶介と口にした約束を、南と花を咲かせて結んだことを後悔する。春はますます居心地が悪くなり、視線を左手に移し中指をぽりぽりと掻き始めた。沈黙に耐えられず、横目でちらりと慶介を見上げる。正面を向く慶介の眉がほん少し下がっていることを春はすぐに気がついた。
「ごめん、慶介…」
「なんで謝るんだよ」
「だって…」
「南とうまくやれよ」
うまくやる、何の意味を指しているのか、その言葉だけでは春にはわからなかった。再び下を向き黙り込んでいると、目的地への到着を告げるアナウンスが流れた。

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