短編小説
9:マリッジブルー ※微
「ちょ!遥!?ま、・・・待って」
ちょっと照れくさいプロポーズにも似た言葉の後の、初心な様子はどこへやら。
元々遥は初心などとはほど遠い性格をしているのだが、つい先ほど顔を真っ赤にして翔太に照れてみせたのは記憶に新しい。
だというのに・・・。
「待てと言われて待つ男がどこにいる。こんな最高のシチュエーションで・・・誰もいない教室で可愛い恋人と2人きり。しかもその可愛い可愛い恋人は前を開けさせたエロい恰好した上に可愛い顔して煽るんだぜ?」
すっかりいつもの調子に戻ったらしい遥は下半身の方も絶好調。もちろんお口の方も舌好調。
ボタンの留め外しレッスンのまま、机に跨がって座った翔太の背後にぴったりとくっついた体勢は所謂“お誂え向き”というやつだ。
「か、かわっ!?・・・ひぅうっ」
「翔太の他に誰がいるんだよ」
誘われるがまま目の前の、短い襟足から覗く項を襟元から生え際へ遡るように舐め上げた遥はそのままちゅっとそこを唇で吸い上げ、鬱血した痕を残す。
本当は噛み付きたいほど張りがあって、太い首なんだけど。と遥は思ったらしいが、それでやめていて正解だろう。
項に噛み付いた日には、翔太が白目を剥いて気を失うに違いない。
「可愛い、可愛い・・・翔太」
「・・・遥っ」
でもそれで遥が満足するわけもなく、足りないとばかりにその痕を確かめるように何度も何度も触れるだけのキスをいっぱい。
しっかりした首筋には舌を這わせて。時折、喉仏を舐めながら顎の下を指で猫の様にくすぐってやれば、小さくくぐもったような声が漏れる。
「んっ、くすぐった・・・って」
そんな控えめに出す声さえも可愛い。
この数ヶ月ですっかり“翔太馬鹿”に磨きがかかった遥に掛かれば、電話越しに聞こえる低い男らしい声だって、くしゃみを我慢してる顔だって、長身の体を小さくして人と擦れ違う姿だって、なんだってなんだろうが愛おしく可愛いのだ。
「ふっ、ぁ・・・っ」
「くすぐったいなんて言ってらんねぇぜ?」
だからといってその遥がこれで終わらせるわけがない。
もっと感じさせてやる。
そう囁いた遥の、声は酷く色っぽいもので、翔太はズクンと腰が重くなるのを感じる。
そんな彼の引き締まった腰を抱くようにしていた腕が離れ、もう既に服の役割を担っていない前の開けたカッターシャツの裾から、遥の細長い繊細な指が素肌に触れてきた。
「っ、ぅ」
途端、肌を粟立たせる翔太に口角を上げた遥は、指先で臍をくすぐったあと、徐にツツーッとそれを下に下ろしていく。
「ぁっ、遥っ」
到達すべきところはもちろんその下。
いつもは少し腰の位置がズラされている制服のズボンもきちんと腰の位置でベルトが止められていて、その中心がこの短時間の戯れで少し反応を示しているのが遥は嬉しい。
でも、これは。
「まだ、お預け」
「ぅあっ!」
さわっ、とズボンの上から雄を撫でていった指はすぐに離れていってしまい、翔太は思わずその手に縋ってしまう。
「ぁ、・・・あぅっ、遥っ」
そしてそのまま何もしてこようとしない手に雄を押し付けるようにして、もっと触って欲しいと強請った。
「は、るかっ、遥っ」
「・・・何、翔太。いつの間にこんなおねだりの仕方覚えたんだよ?」
揶揄するような言葉に“俺ってばこれじゃあ変態じゃないかっ!”と思ったのはほんの一瞬のこと。
首筋に当たる荒い息が、腰に当たる熱が遥も同じ気持ちだということを伝えてきて、・・・でもそんな時。
―――キーンコーンカーンコーン
「・・・あ」
無粋にも誰もいない教室内に響いたのは予鈴のチャイムの音。
その音にここがいつもの人の寄り付かない屋上でもなければ、放課後でもないことを思い出させ、翔太の先ほどまで上気していた顔からは目に見えて血の気が引いていく。
自分達は何をしていたんだろうと焦る翔太に、遥はぽんぽんと労るようにその頭を撫でてやる。
ああ、そうだった。こんなときはいつも・・・。
「・・・今日は逃がしてやらねぇから」
「え?遥、何・・・っぅうん!?」
いつもならここで笑顔の遥に「ハイ、おしまい」と、服を正されるところだ。
しかし呟くような声が聞き取れず、聞き返そうと口を開いた瞬間入ってきた舌に先の言葉を奪われる。
同時に唇が触れて、すぐに離れて帰ってきた唇に今度は下唇を食まれ、翔太のいつもは鋭い目はすぐに甘く潤んでしまった。
「はぁっ、ん!・・・ふぁっ、はっ」
「んっ・・・ん、ぁ、しょ・・・た」
その目にさらに欲情したように口付けは深まり、翔太の掴まれた顎には飲みきれなかった唾液が幾筋もの痕を作っている。
翔太が雄を押し付けていた遥の手も、“お預け”の言葉は忘れてしまったのだろう。
「あっ、ん、ふんぅ・・・ぁ!んっ」
ズボンを押し上げる雄の更に下、膨らんだ2つの嚢を擦り合わせるようにしてやれば、翔太の眉が切なそうに寄せられた。
「エロい顔・・・堪んねぇ」
それにゴクリと喉を鳴らした遥は完全な雄の顔で、いつもの学校でみる優等生然とした顔でも、翔太の前で見せる少し強引な顔でもない、珍しく余裕のないものだ。
遥自身、そんな自分に戸惑っていて、男が好きだと自覚して、初めて男を抱いたときでさえもう少し余裕があったように思う。
翔太を初めて屋上で見て、好みだからと勢いのまま告白して。思えばあの時から翔太相手には全く余裕のなかった遥だ。
「(本当、翔太は俺のこと誑かす専用のフェロモンでも持ってんのか?)」
そう思うのも仕方ないだろう。
元来好みの相手には少々強引なところのある遥だったが、それだって一度抱いてしまったら終わりだったこともしょっちゅうだ。
相手の方が遥に夢中になって、自分は冷めてしまうのがいつものパターン。
でも、翔太相手には一度だって強引にことを進めたことはなく、自分の気持ちより翔太の気持ちの方を尊重してきた。
翔太がノンケだとか、童貞だとかそれが問題ではない。
大事にして、ベロベロに甘やかして、ずっと一緒にいたいと思う。
だから無理に先に進もうとせず、ゆっくりゆっくり。
毎日が楽しくて、毎日翔太を知るたびもっと好きになっている。
でも。
「好きだ、翔太・・・凄く。翔太の傍にずっといてやるなんて偉そうなこと言ったけど、本当は翔太にずっと俺の傍にいて欲しい」
好きになればなるほど、離れることが怖くなる。
ノンケが問題じゃないというのは強がりで、元々は女が好きなんだろう翔太がいつ自分の前からいなくなるのか遥は怖かった。
只でさえ男同士何て不毛な関係だ。
もしも勢いのまま体を繋げて、翔太に嫌われたら・・・いや、翔太を傷つけてしまったらと思って先に進めないのが本心。
でも、翔太を求める思いをセーブ出来ずに今だってこうやってセックスのまねごとをしているのだ。
そんな自分が弱くて嫌になる。
「は、るか?」
まさかいつも堂々としていて、出来ないことはないんじゃないかと思うほど完璧な遥がそんなことを言うとは思ってもみなくて、翔太は目をぱちくりとしてしまった。
「ゴメン。いきなり何だよって感じだよな?・・・なんかシラケちまって悪ぃ」
こんな自嘲気味の遥は“優等生の遥”が偽りというのが翔太にバレた時以来で、戸惑ってしまう。
もしかして自分が何か遥を傷付けるような、気分を害することを言ってしまったのだろうか。
「(俺が遥の手使ってやらしいことしたから・・・)」
翔太の思い当たることと言えばこれくらいだ。
でも、そのあと遥は自ら触ってくれたのだから、これはきっと違うのだろう。
それに遥は翔太のことを好きだと言ったばかりじゃないか。
それに、傍にいてやるんじゃなくて、傍にいて欲しいって・・・。
「・・・あ」
「ごめんな。ほら、今からだったまだ十分授業に参加出来るか・・・ら?・・・翔太っ!」
鈍臭い翔太にしては珍しく俊敏な動きをしたかと思うと、やっぱり翔太は翔太で。
何をしようと思ったのか机の上から前のめりに落ちそうになった翔太の腕を遥がとっさに掴んでいなければ、今頃翔太の頭の上では星が舞っていただろう。
「よかった。もう、そんなに急がなくても・・・
「俺も、遥に傍にいて欲しい、ずっと傍にいたい。・・・さっきもずっと一緒にいてやるって言ってくれて凄ぇ嬉しかった、から」
・・・翔太」
腕を掴む遥の手の上から自分の手を重ねて、その細く白い手をギュッと握りしめる。
背中を向けたままは嫌で、今度は机の上で方向転換をするという無茶はせずに腰を捻って後ろを向く方法で遥と目を合わせると、さっきは照れてまともに言えなかった返事を一言一言確かめるようにゆっくりと。
ところどころつっかえてしまったけど、それはご愛嬌というもの。
「俺も、遥のことがすっごく・・・好きだ」
「・・・バーカ。俺の方が好きに決まってんだろ?」
最後にもしかしたら言葉で告げるのは初めてかもしれない、“好き”という言葉に凄く恥ずかしくなって、慌てて顔を前に向ける。
でも、首筋まで真っ赤にしてればそれは後ろにいる遥には一目瞭然と言うもの。
その広い背中を抱き締めて、そんな台詞を吐く遥はどうやらいつもの調子に戻ってくれたらしい。
「好きだ、翔太。好き。好きとか大好きとか愛してるとかじゃ足りない。・・・ずっと一緒にいて。一緒にいよう?」
「遥、ちょ、それ、恥ずかしい・・・」
そんな遥の様子にほっとして、でも向けられる好きの、愛の大きさにはちょっと困ってしまう。
「恥ずかしくたって何回も言う。・・・好き、大好き。一生離したくない」
「・・・俺も。好きだ、だから・・・」
でも、翔太も気持ちは同じだから。
今の時間を、これから先の時間をずっと一緒にいよう。
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