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短編小説
番外:君のボタンを留めてあげる
【Attention!!】
この番外編は第7話or第8話になる予定だったいわゆる没作です。
お題には添えなかったのですが、一応番外編としてupさせていただきます。
微妙に7話や8話と被ってるところがあるかもしれませんが、あらかじめご了承下さい。

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『君のボタンを留めてあげる』



「え、今日家誰もいねーの?」



 昼休みの屋上、この場所でお互いの気持ちをぶつけ、愛を確かめ?合ったのは記憶に新しい。

そう言えば初めて言葉を交わしたのもここで、一目惚れしたらしい遥から翔太への突然の告白もここ。

その日ここで会うまで2人は“同じクラスの同級生”という以外何の接点もなかったのだから、今こうやってその屋上のフェンスの前に2人並び、仲睦まじい様子で昼食を摂っているなど、数ヶ月前では想像もできなかったことだ。

 遥は誰もが振り返るほど美形な上に、誰にでも優しく、いつでも大勢に囲まれて、クラスの・・・いや学校中の人気者で。

逆に翔太は造形は整っているが“不良”と形容されるような外見で、他人と馴れ合わないためか一匹狼として周りからも認識されていた。

 そんな正反対の位置にあるはずの2人が、どうだろう。

2人が最近一緒に釣るんでいることは既に噂になっていたが、それは優等生で人の良い遥が不良の翔太に色々気を回してやっているのだろう。そんな認識だった。

しかし今この2人の間に漂う雰囲気はそんなただのクラスメイトの関係だとは思わないほど、限りなく・・・甘い。

 もしこの今の光景を他の生徒が目にすれば皆が皆、驚きに目を見開くだろう。

遥は普段のどこか他人に一線を引いたような様子が嘘のように年相応の顔で、どちらかといえば普段は聞き役の筈の彼が、砕けた口調でしきりに翔太に話しかけているし。

対する翔太はそれに小さく頷いたり、小さな声で答えたり、そしてどことなく頬が赤い。

口元に付けた米粒が相成って、強面な外見とは逆に彼を幼く見せていた。

 そんな風に付き合い初めのカップル・・・と、まさにその通りの2人はピンク色のオーラを撒き散らしながら、おしゃべりに夢中でなかなか箸は進んでいない。

そして何の話の流れだったか・・・、ぽつりと漏らした翔太の言葉に遥が返したのが冒頭のあの台詞だ。

「・・・?そう、だけど」

 自分は何ともなしに呟いた言葉だったのに、遥の異様な食いつき具合に翔太は首を傾げる。

「両親は今日の朝から熱海に温泉旅行・・・で、姉ちゃんは友達んとこでオールで飲み会」

たまたま家族の外泊予定が被ってしまったのだ。

相変わらずの仏頂面で続ける翔太だったが、その目はどこか寂しいと告げているような気がする。

というか翔太にすっかりべた惚れしているらしい遥には、むしろそうと言っているようにしか見えなかったのだが。

「どうすんの?」

 冷静を装い、不自然にならないように尋ねたのにはきちんと訳がある。

案の定、「うぐ・・・」と言葉に詰まった翔太に遥はふっと笑ってみせた。

「・・・一晩だけ・・・だし」

眉間に皺を寄せ、たどたどしく答えた翔太は視線を彷徨わせ、最後にそれは姉手作りの色とりどりの弁当に落とされてしまった。

 どこか落ち込んだような様子の翔太に、遥はますます笑みを深くする。

どうやらそんな様子がどうしようもなく可愛いらしく、いつものきりっとした顔が嘘の様にそれはだらしなく緩んでいた。

「ご飯・・・とかどうするんだい?翔太は料理できないよね?」

 それを取り繕うように、翔太が当初憧れていたという優等生らしく丁寧な口調で優しく問いかけてやれば、ちらりと目が遥の方を見、そして再び伏せられる。

ちなみに髪の毛の間から見える耳はこちらが恥ずかしくなるほど真っ赤だ。

ーーーああ、もうコイツはこんなに俺を誑かして何がしたいんだろう。

遥はその誘うような縋り付くような目に身悶えると、それを誤摩化すようにガシガシと翔太の髪の毛を掻き乱すようにしてやった。

「・・・遥」

 何するんだよ、と言いたげなジト目を向ける翔太は低い声で遥を呼ぶが、遥も遥で色々青少年の事情というものがあるのだ。

まあ、実際には性少年の事情だが。

いきなり襲いかからなかっただけ感謝しろ、と外見の割に意外にも・・・というか以前手コキだけで失神してしまった翔太に、遥も遥かなりに一応気を使っていたりした。

まあ、そのせいでまだ一線は越えられていないのだが、それなりに色々と翔太に仕掛けている遥のどこが誰に気を使っているのか・・・。

「で、大丈夫なの?」

 話の軌道修正をするよう小さく咳払いをした後、ちらりと相変わらず上目で見つめてくる翔太の顔を覗き込んでやる。

そもそもなぜ遥がこんなにも翔太を心配するのかといえばもちろん、誰もいない家に泊まってやろうなどという下心もあるのだが、なにより彼のその意外な一面を知っているからこその言葉だった。

 下心は分からないだろうが、その優しさの部分は翔太も分かって・・・というかそれを知ってさえもこうやって自分を好きだと言ってくれる遥に、もっともっと惹かれていくのが分かる。

自分を心配してくれる遥に翔太は不器用に笑うと、こくんと小さく頷いてみせた。

「ん。姉ちゃんがいなくなるの夜だし」

「あ・・・そうか。だったら大丈夫だな」

 少し残念そうな顔をする遥に翔太は小さく首を傾げ、それから大丈夫というようにもう一度頷く。

「明日土曜で学校休みだろ?だから・・・」

「ん?明日は学校あるだろ。月曜に祝日が多いからそれの振替え・・・って忘れてたのか?」

「え・・・」

しかし返された遥の言葉に翔太はみるみる顔を青くすると、切れ長の目を大きく見開いて、今度は正面から遥の顔を見つめた。

「翔太って意外に抜けてるよな。まあ、そんなところが可愛いんだけど」

 そんな翔太に遥は呑気にそんなことを言うと、本当に“可愛くてしょうがない”とでも言いたげな笑みを浮かべて翔太の頬を撫でてやる。

そんな遥の皆から“王子スマイル”と呼ばれているものとは違う、心からの笑みを真っ正面から見てしまった翔太はビックリするほど顔を真っ赤にするのだが、しかし今は照れている場合ではない。

「ど、どうしよう・・・俺」

 うるうるとどうやら翔太はパニックに陥ったときにすぐに涙目になってしまうらしく、今回も目に涙の膜を張っておろおろとしている。

別に学校があるのを忘れていただけなら、今こうやって教えてもらえたのだから気にすることはない。

しかし問題は明日の朝、家に姉がいないというところだった。

「ああ、そっか」

 そんなどちらかといえば普段誰かを泣かせてそうな顔の翔太が泣きそうになっているという、誰が見てもびっくりの事態だというのにだ。

それを唯一目の前で見ている遥は脂下がった顔こそすれ、驚きもせずうんうんと頷いている。

「翔太、お姉さんにズボンのボタン留めてもらってんだもんな」

というこないだ知ったばかりの情報に遥は少し唇を尖らせて呟くと、食べかけだったパンにがぶりっと歯を立てた。

「・・・遥」

「何?」

 やっぱりこの歳にもなってボタンも満足に留めれない自分に呆れたのだろうか。

ただ遥は少し仲の良すぎる姉弟に嫉妬しているだけなのだが、翔太はそんな彼の態度に勘違いをしてしまったらしい。

見た目に反して結構ネガティブな翔太に遥は呆れつつ、同時にそれが可愛いなんて思ってしまった。

所詮恋は盲目。でも、少しくらい意地悪してもいいかな、なんて思うわけだ。

 名前を呼ぶ翔太に遥は一見突き放すような態度で返すと、黙々とパンを食べ始める。

そんなこっちを向いてくれさえしない遥の態度に翔太はぽろぽろと涙を零すと、味のしなくなったお弁当をもの凄い勢いで無理矢理胃に流し込んでしまった。

「俺・・・ゴメン・・・っ」

 顔の周りに米粒やらなんやらをつけたまま、空になった弁当を掴んで走り出す翔太に遥は何の反応も返さない。

だって・・・。

「うご・・・ぶっ!」

絶対に出口に辿り着く前に翔太が転ぶから。

 ずってーんと壮大に転んだ翔太に、もう仕方ないなぁととりあえず意地悪はここでおしまい。

あとはうぅんと甘やかしてやるのだ。

「翔太、もう。泣くんじゃねーよ」

 地面に這いつくばって嗚咽を漏らす翔太の頭を、慰めるようによしよしと撫でてやる。

「だ、だって・・・っ!」

「この前約束しただろ?俺がボタン留めてやるって」

「んなっ、迷惑・・・かけ、れない」

ぐすぐすと鼻を啜る翔太に遥は溜め息を吐くと、撫でていた手でその頭を叩いた。

「バーカ。迷惑じゃねぇだろ。俺が好きで言ってんだから」

そしてすぐにまた撫でてくる手に、翔太はやっと顔を上げた・・・が。

「ぶっ・・・!何だよその顔〜!」

自分の顔を見て噴き出す遥に翔太はやっぱり俺なんて・・・とすぐに顔を伏せてしまうが、それを慌てて遥が上げさせた。

「ごめんね、別に翔太の顔のことを笑ったんじゃないんだよ」

 優しい声と口調でそう言う遥の顔は未だ引き攣っていたが、ハンカチで顔を拭われて、されるがままだ。

「もう、あんなに勢いよく食べるから。ちゃんと味わって食べないと、作ってくれたお姉さんに失礼だよ?」

最後に鼻の上を拭われて、その見るも無惨になったハンカチに翔太はかぁああっと顔を赤くさせた。

「それに、ちゃんと僕が責任もって一生君のボタンを留めてあげるから」

 そう言って、すっかり綺麗になった頬にちゅっと可愛らしいキスを1つ。

まるでプロポーズのような言葉と、キスにボボボっっと真っ赤になってしまった翔太に、遥はやっぱりずっと見ていても飽きないな、と笑ったのだった。

◇ 

 ちなみに翔太よりもきちんと学校のことを把握していた姉は、翔太が朝起きると既に帰っていて。

せっかく遥が朝一でやってきたときには時既に遅し。

笑顔のくせに機嫌の悪い遥とおろおろする自分の弟に、翔太の姉は微笑ましそうに笑ったのだった。

fin

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