竜は目覚のキスを待つ 「政宗さ…」 思わず、いつものように障子を開いた手を止めた。思わず、溜め息。 目の前には猫のように丸まって静かな寝息をたてている己が主。やりかけと思しき政務が文机の上にざっくばらんに広がっていた。 (全く…仕様のない方よ) そっと傍に近寄り、散らばった紙をまとめる。ふと、そのほとんどは既にできあがっていることに気付き、小十郎は目を見はった。 いや、勿論悪い意味では決してないのだ。 元来、政宗は毎日コツコツ物事を進めるような性格ではない。むしろ短い時間に集中して最大限の効果を得る、いわば短期集中型で。 しかし残念ながら今までのところその能力が政務において発揮されることは稀で、常に小十郎が隣で見張っていなければならなかった。それが今ではそんな必要もなくなったのだ。 (立派に…成長なされたのだな) 隣で未だ眠り続ける政宗を見つめて小十郎は愛おしそうに目を細めた。しかし微かに浮かぶ気持ちは。嬉しいはずなのに、拭い去ることのできないこの気持ちは、何だ? 『こじゅ、ずっといっしょだぞ?』 そう言って彼が笑ったのはもう十年以上も前のこと。 そんな当たり前の事実に今更だが驚いた。自分の中で政宗は未だあの頃のまま、幼子のままなのだ。 (そうか、) もう自分の庇護も必要なくなり、立派に奥州を束ねる政宗。自分はどのくらい彼の心を占めているのだろう。 (これは、不安、だ) [次へ] |