君が好きだから無敵
2
つい数分前に寮へ帰ってきたばかりのクラリス達は、教師からの指示で再び大広間へと戻ることとなった。
生徒は皆一体何事なのかと顔を見合わせる。
やがて広間に全校生徒が揃うと、ダンブルドアは安全のため、今日はここに泊まる必要があることを伝えた。
クラリス達の周りではこの事態がシリウス・ブラックの仕業だという噂が広まっていた。
クラリスはハリーが狙われているのではと心配だったが、ドラコはハリーが大広間を抜け出して大きく減点さればいいのにと茶化して笑っていた。
ブラックの襲撃を受け、ピリピリする学校の空気を一転・・・・いや、増長させるイベントがあった。
クィディッチの対抗試合だ。
本当なら初戦はグリフィンドール対スリザリンの対戦のはずだったが、ドラコの怪我を理由にあとに回されることとなった。
代わりのカードはグリフィンドール対ハッフルパフ。
どっちが勝とうが構わない、とドラコはあまり関心を寄せなかったことと、試合の日が凄まじい雷雨だったことも手伝い、クラリスも観戦には行かなかった。
校舎の中からスニッチを探す小さな人影を目で追ってはいたが、激しい雨に邪魔されて無意味な行為だ。
クラリスに見えたのはフィールドに向けて落ちた大きな雷だけだった。
悪天候下の混戦の末、ハリーがディメンターに襲われ墜落したという事実を、クラリスは翌日、朝食の席で聞かされた。
クラリスはドラコに隠れてアギと共にハリーのお見舞いに訪れた。
ハリーは見るからに落ち込んでおり、クラリスもつられて項垂れてしまう程だった。
「ハリー、大変だったね・・・・。僕にもなにか、出来ることがあればいいんだけど・・・・」
「ありがとうクラリス。心配かけちゃってごめんね。気持ちだけで十分だよ」
「ううん・・・・。これ、おすそわけ。よかったら食べてね。僕のママが贈ってくれるチョコレートだよ。びっくりするぐらい高価みたい。僕にはよくわからないけど」
クラリスの曖昧な説明に、ハリーは弱々しく笑って見せた。
早く良くなってね、と言い残し、クラリスは医務室を去った。
「あら、クラリス」
「こんにちわ、ハーマイオニー、ロン」
医務室を出たところでクラリス達は2人に出会した。
ハーマイオニーはクラリスに頼みがある、と再びクラリスを医務室の中へ押し戻した。
「あのね、クラリス。今度、バックピークの処遇のことで裁判があるの。ハグリッドが負ければ、バックピークは殺されてしまうわ」
「ハーマイオニー!君、マルフォイの子分に、一体何を頼むって言うんだい!?」
驚いて口を挟むロンを、ハーマイオニーは鋭い目付きで黙らせた。
顔を強張らせるクラリスに、ハーマイオニーは静かに続けた。
「・・・・できたら、訴訟を取り下げて欲しい。それが許せなくても、せめて正々堂々と裁判をして欲しいの。ハグリッドなら、きっとビーキーが危険でないことを証明できる。けれど、裏から手を回されてしまったら、役員は話すら聞いてくれなくなるわ」
「うん・・・・」
「マルフォイに怪我をさせたこと、ハグリッドは十分反省したわ。お願い、クラリス。ビーキーを助けるのに協力して」
ハーマイオニーの言葉に、クラリスはあのときのハグリッドの様子を思い返した。
かわいそうなほど縮こまるあの背中。
対してドラコの傷は傍目にはもうすっかりよくなっているし、生活にも支障は全くみられない。
「僕、ドラコに話してみるよ。ビッグパークを許せないか、聞いてみる」
「ああ、ありがとうクラリス!板挟みにさせるような真似して、ごめんなさい・・・・」
「ううん。そんなこと思わないで」
申し訳なさそうに言うハーマイオニーに、クラリスは困ったように笑った。
仮にハリー達3人がドラコに話をしに行っても喧嘩になるのは目に見えている。
マルフォイに訴訟を取り下げさせることができるのはクラリスしかいないと、3人、いや、4人はそう確信していた。
クラリスはよし、と気合いをいれてドラコのもとを訪れた。
「ドラコ」
「クラリス?どうした」
「あの・・・・。今日は、腕、どう・・・・?」
恐る恐る尋ねるクラリスに、ドラコはそんなこと、とでも言うように返した。
「もう随分よくなった。クラリスの薬のお陰で最近はほとんど痛まない。心配する必要ないさ」
「そっか。よかった」
使っている薬はただの保湿薬だし、包帯も取れていたので問題がないのはクラリスから見てもわかっていた。
それでもドラコの口からそう聞けたので、クラリスは安心して切り出した。
「あのね、ドラコ。あのヒッポグリフ、今度裁判にかかるんだって。そこで負けたら、殺されてしまうんだって」
「そうか」
「ルシウスさんに頼んで、訴訟を止められないかな」
「・・・・クラリス、お前何を言ってるんだ?」
ドラコは訝しげに顔を歪めてクラリスを仰ぎ見た。
「僕が腕一本で済んだのは運が良かったからだ。あれが今度は四肢を切り落として食ってしまわないとは限らない。そんな危険な生物を裁くなって?」
「ドラコが痛かったのも怖かったのもわかるよ。でも、やっぱり殺されちゃうのはかわいそうだよ・・・・」
クラリスのその言葉にドラコの頬がサッと赤くなった。
クラリスはドラコの自尊心を傷つけてしまったかも、と今の発言を後悔した。
ドラコはキッとクラリスを睨み付けたあと、努めて冷静な口調でこう言った。
「・・・・僕の他にも同じ目に合う人が出てくるかもしれない。もしそれがお前だったら・・・・?僕はいらない慈悲でやつを殺さなかったことをずっと後悔するよ」
「あ・・・・ドラコ、待って・・・・!」
言い終えると、ドラコはクラリスを置いてさっさと部屋へ戻ってしまった。
クラリスは自分の言い方が思いがけずドラコに刺さってしまったことを理解し、大慌てで弁解に走った。
けれどもそれを境に、話を聞くどころか、ドラコはクラリス自体を避けるようになってしまった。
クラリスはハーマイオニー達にうまくいかなったことを謝った。
ハーマイオニー達は仕方ない、と言って理解を示してくれたが、当のドラコはクラリスの言葉がよっぽど気に食わなかったらしく、クラリスが近づくだけでプイと顔を背けたり、話すときも妙にピリピリして、いちいち棘のある小言を言うようになった。
今までやってきた薬の塗布も、ドラコの方から必要ないと打ち切られた。
そんな事情もあり、周りの生徒がクリスマス休暇の過ごし方について楽しそうに話し合うのを、クラリスは全く他人事のように聞いていた。
「クラリス。・・・・クラリス!」
読んでも返事をしないクラリスに、ドラコはとうとうしびれを切らし額を付き合わせて叫んできた。
「うわっ、なあにドラコ?」
久しぶりにドラコの方から声をかけられ、クラリスは大いに驚いて返事をした。
「なあにじゃない、全く・・・・。今年のクリスマスは帰省するだろう?」
いそいそと話すドラコにクラリスはきょとりと目を瞬かせた。
「え?ドラコ、今年帰省しちゃうの?」
「はあ!?」
ドラコは驚いて限界まで口を開いた。
「お前、今年も帰らないつもりなのか?なんの相談もなしに、一人で決めたのか!?」
「え!?ご、ごめんね?去年も残ってたから、今年もそうするのかと・・・・」
ガアッと怒り出すドラコにクラリスは口をモゴモゴさせた。
それもこれも、ドラコがクラリスを避けまともに話し合わなかったせいだった。
「まあそれなら僕の家に一緒に来ればいい。なにも問題はないだろう」
ふーっと大きく息を吐き、ドラコがクラリスにそう告げた。
クラリスはその言葉にブンブンと大きく首を横に振った。
「そんな、突然悪いよ。ドラコはおうちでゆっくりしておいで?僕は大丈夫だから」
ドラコの表情がぴしりと凍りついた。
その異変をクラリスも感じとり、ドラコ?と恐る恐る伺いを立てる。
「そうだよなあ・・・・。僕がどこで誰とクリスマスパーティーをしようと、お前は全然平気だよなあ・・・・!」
ドラコは怒りに燃える目でクラリスを睨み付け、その場を離れた。
その背中を少し離れた場所にいたパンジーが追いかける。
クラリスは拗ねたような言い方をするドラコを唖然として見送った。
釈明をしたかったが、クラリスはドラコに避けられている身である。
パンジーが追いかけたから心配はいらないだろう、とクラリスはそのまま談話室に残った。
「・・・・お前、距離が極端すぎないか?」
「え?」
2人の様子を見ていたアギが、なんだか怖いものを見るような視線をクラリスに送った。
「前のホグズミードの時はドラコのそばから死んでも離れない〜って感じだったのに、今回はやけに冷めてるじゃん」
「・・・・そう感じる?」
「めっちゃ感じる。いつもなら、2つ返事で着いていってたろ?」
クラリスは複雑な表情でアギのその言葉を受け止めた。
本音を言うと、ドラコがクラリスを避けるのと同様、クラリスもなんとなくドラコと距離を取ろうとしていた。
クラリスがいない思い出を楽しそうに話すドラコも、クラリスを睨んでチクチクと傷つけるような言葉を吐くドラコも、クラリスにはあまりに耐え難かったのだ。
クラリスは、ドラコに対して少し怒っていたのかもしれない。
自分の態度を振り替えって、クラリスは深刻そうに顔を歪めた。
うんうんと頭を抱えて唸るクラリスを、アギは心配そうに見つめていた。
明くる土曜日、ほとんどの生徒が意気揚々とホグズミードへ出掛けていった。
クラリスは考えすぎて少し重い頭をなんとか覚醒させた。
一晩考えて、クラリスにとって一番耐えられないことは、ドラコとの間にこのままぽっかり距離が空いてしまうことであると結論が出た。
ドラコを見送りに行こう、そしてクリスマスはやっぱり一緒にいたいと伝えよう。
そう決めたクラリスだったが、部屋を訪れてもドラコの姿がどこにもない。
談話室に残っていた他のスリザリン生から、ドラコはとっくの昔に出かけて行ったと言われてクラリスは目を丸くした。
ドラコが黙ってクラリスを置いていくなんて、初めてのことだった。
さすがにショックを受けたクラリスは、まるでお通夜のような暗い空気を背負って一人で寮を出た。
頭を冷やそうと粉雪の舞う外を歩く。
吐く息は白く、露出した手先は赤くしも焼けている。
外に出るにはクラリスは無防備過ぎだった。
どこか遠くで誰かの笑い声が聞こえる。
今頃ドラコもどこかで笑っているのだろうか。
置いていった僕のことなんて、思い出すこともないのだろう。
クラリスは唇を噛んだ。
無理だとわかっていても、今すぐドラコに会いたくてたまらなかった。
切なさに震えるクラリスの前に、薄汚れたハツカネズミが顔をだした。
見覚えのあるその子は、ロンのペットのスキャバーズに違いなかった。
「こんなところにいたんじゃ凍えちゃうよ」
クラリスは優しく呼び掛け、保護しようと駆け寄ったが、スキャバーズはよたよたと走り回りクラリスから離れていく。
進む先はどんどん荒廃していき、やがて暴れ柳の姿が見えてくると、クラリスはそろそろ引きかえそうかな、と思った。
結局スキャバーズは見つからなかったが、これだけ逃げ足が早いなら諦める他ない。
無駄足に疲れた、とため息をついたクラリスだが、少し離れた場所になにか生き物の影を見てそちらに視線を移してしまった。
そこにいたのは、じっくりこちらを眺める、真っ黒くて大きな体の、犬。
「っうわああああ!!」
クラリスは金切り声をあげて叫んだ。
クラリスは犬が大嫌いだ。
それも黒くて身体の大きなものを見かけようものなら、理性を吹っ飛ばすほどに。
クラリスは必死に逃げようとしたが、急くあまり足が縺れた。
少しも進まないままべしゃ、と倒れている隙に、犬はとてつもないスピードでクラリスの元へと迫った。
明らかに何等かの意図を持ってこちらへ駆けてくるその姿にクラリスはますますパニックになった。
大きく開いた口からは、悲鳴すら出せずに詰まったような呼吸がかろうじて洩れてくる。
かわいそうな程に怯えるクラリスを、その犬はガブリと咥えて捕まえた。
「っっっーーーー!!!」
首元を噛まれ、クラリスは声にもならない声で叫んだ。
犬はどんどんとクラリスを引きずって行くと、どこか洞穴のような場所へと姿を消した。
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