小説 第七話(R15) また食事などを頂いてしまった。 陳列された数々の品は、今回も絶品だった。 蛙の子と少年の関係性も聞いた。 やはり赤帽の子は赤蛙、茶帽の子は茶蛙のようだ。 人間に化ける際は、各々派手な髪と目の色になってしまうので、仕方なしに目深に帽子を被っているという。 確かに、茶色であれば然程不自然ではないが、赤髪赤目、青髪青目ともなれば嫌でも目立ってしまう。 彼らは彼らなりに変装していたという事だ。 「私、巫っていうのがよく分からないです」 口直しに運ばれた林檎のシャーベットを口に運びながら、節子は零した。 猪口に注いだ酒を舐めていた蛇神は、「うん?」と首を捻った。 今更何を言い出すのかと思ったのだろうか。 「大した事は要求しない」 数瞬考える素振りをした蛇神は、詳しい説明を省くように言った。 「そなたはただ、私の傍に居ればいい」 そうは言われても、納得出来ない。 この男は、一体何を考えているのだろう。 本当は何を求めているのだろう。 考えても全く分からない。 思い付くのは、生贄の儀式と称した残虐な事ばかりだ。 たとえば、巫女という職がある。 巫女は、古代の呪術的な宗教観の元で、神を自らの身体に降ろす女性の事を指す。 現代では神社で奉仕している者を言う。 巫も、そのような者の事だろうか。 古代のように、「これは神託だ」と告げ、皆に様々な事を指示するパイプの役割なのだろうか。 或いは、現代のように、ただこの社周りを掃除したり、蛇神の為に食事を作ったり、何らかの手伝いをさせられるのだろうか。 頭を捻ってみるも、答えは出ない。 「痛い事とかしませんか?」 念の為に再度、生贄の可能性を問うてみた。 「セツは痛い事をされたいの?」 「いえ、それは嫌です」 蛇神は、逆に問い返してくる始末だ。 本当に節子を酷く扱う気は無いらしい。 己の命の保証は出来た。 しかし、家に帰れないというのは、やはり困る。 節子には家族が居る。 学校がある。 塾がある。 勉強をしなければならない。 親の期待に沿って、良い大学に入り、良い就職先を探し、良い夫を見付けなければならない。 そして、幸せで平凡な家庭を築いていくのだ。 「でも」 節子は渋った。 猪口に新しい酒を注いでいた蛇神が、ちらと節子を見る。 「家に帰らないと、親が何ていうか」 帰らなければならない理由は沢山あった。 その一番目に挙げられるものを出してみる。 蛇神は、その節子の陳弁も予想していたらしい。 何食わぬ顔で言い返してきた。 「親など気にしなくてもいい。 私がどうとでもする」 「学校も塾もあるし」 「セツはもう現世で暮らす事も無いというのに。 此処で過ごすに当たって、これ以上勉学を積んで何になる?」 蛇神の言う事は尤もだ。 此処で暮らす事が決定すれば、これ以上何かを賢明に学ぶ必要は然程無いだろう。 最低限の常識さえあれば、何不自由なく暮らせる筈だ。 もしかしたら、その最低の知識さえも不要かもしれない。 ただこの社で暮らす上での注意点だけ教えて貰えれば、それで十分だ。 けれど、節子は帰りたかった。 毎日過度なスケジュールで勉強するのは大変だが、それでも我が家の方が良かった。 愛情を持って育ててくれた家族と離れたくない。 仲のいい友達とだって離れたくない。 先生、近所のおばさん、馴染みの店の店員、バスの運転手。 学校、塾、近所のコンビニエンスストア、スーパーマッケット、遊園地、薬局屋、その他諸々。 離れたくない決定的な一つというものは取り上げて無いが、その全てが集まればそれなりの執着心も湧く。 自身を形作っていった沢山の物から離れ難い。 幾ら退屈な日々が続いていたとしても、いざそれら全てから引き離されるとなると、胸が塞がる。 「でも、困るんです」 帰りたい真の理由は、漠然としていると思う。 しかし、節子は帰宅の意思表示をした。 酒を口に運んでいた蛇神が、ぴたりと動きを止めた。 そして、その猪口を盆の上に戻してしまった。 「何が不満なんだい?」 何が、と言われても返答に困る。 「全部です」 正直に答えた。 蛇神は、「そうか」と言った。 「では、その件は追々考えるとして。 今宵くらいは傍に居て貰おうか」 褥から立ち上がった蛇神は、節子の腕を取った。 節子もどきりとして顔を上げる。 「え?」 「寝所を用意してある。 さあ、おいで」 蛇神は節子を横抱きにした。 そして、そのまま食事を摂っていた小部屋から出てしまった。 この優男の何処にそんな力があるのだろうか。 節子を蚊ほども思っていないように軽々と支えてくれている腕は、細いくせに逞しい。 連れて来られたのは、異常に広い寝室だった。 畳敷きの四角い部屋の中央に、ぽつんと立てられている数枚の屏風。 それは、四畳程の空間を間仕切りして作っている。 屏風の向こうには、布団の代わりに蛇神の着物が何着も敷かれていた。 非常に上質な着物のようである。 節子は、その中央に寝かし付けられた。 慌てて起き上がろうとするが、それを抑えつけるように蛇神が圧し掛かってくる。 身動きが取れなくなる。 「あの、その、私」 蛇神に押し倒される格好を取らされた節子は、どうにかしてこの場から逃れようと口実を考えた。 しかし、いい言い訳が出て来ない。 二人きりの部屋。 寝室。 若い男女。 心臓がばくばくと煩い音を立て始めた。 余りに激しく鳴るものだから、喉から飛び出てしまうのではないかと思った。 「動揺しているね。 そなたの胸の鼓動が私にまで聞こえてくる」 「いや、だって、私は」 「しっ、黙って」 蛇神の手が節子の唇に触れる。 緩く口元を抑えられただけなのに、本当に黙らされてしまった。 静かになった節子に気を良くした蛇神は、節子の制服に手を遣った。 胸元のリボンを引っ張られる。 簡単に結んでいただけのそれは、しゅるしゅると音を立てて解れていく。 逃げ出したいのに、身体は金縛りにあったように動かなかった。 恐い。 これから何をされるのだろう。 嫌な予感は数多出て来るのに、抗えない。 蛇神の腕が、節子の上着の中に滑り込んだ。 冷たい指が直接肌を滑る。 一本一本の指の腹が、節子の皮膚上を辿っていく。 するすると動くその様は、正しく蛇の動きだ。 彼の手が、胸の中心まで到達した。 頂きを柔く撫でられる。 そうかと思えば、数本の指で肉の膨らみ自体を掬い上げられる。 そして、また頂きへと移る。 下着の上からの愛撫だというのに、まるで直に触られているような錯覚を覚える。 蛇神は、節子の背へと手を回した。 ぷちんと金具が外される音を聞いた。 胸部を覆う下着の留め金だろう。 胸を抑えていた圧迫感も、すっと無くなった。 恐怖の余り、蛇神の顔をじっと見詰めた。 目が合えば、彼は大らかに笑った。 「すぐに心地良くなる。 全てを私に任せてご覧」 その言葉と同時、上着をたくし上げられた。 節子の裸の胸が露になる。 「ひっ」 節子は悲鳴を上げた。 ひやりとした空気に、鳥肌が立つ。 「嫌、です。 嫌」 ぶるぶると首を横に振った。 露出された胸に刺さる視線が痛い。 然程成長していない節子の胸は、蛇神の手で軽く包めそうな程だ。 しかし、彼はすぐに触れて来る事はしなかった。 だからといって、止める素振りもなかった。 ただ、じっと見ている。 節子の胸を鑑賞するように、ただじっと見詰めている。 それが分かるからこそ、余計に恥ずかしくなる。 「嫌です」 節子は同じ言葉を吐いた。 上着を着直そうにも、それが出来ない。 身体が未だいう事を効かない。 四肢を放り投げて、蛇神に眺められる事しか出来ない。 まな板の上の鯉とは、正にこの事である。 蛇神は、節子の言葉に目を細めた。 「私を拒むのか? 哀しい事だ」 蛇神の手が両頬に移動した。 そのまま目蓋に口付けられる。 「何が恐い? 言ってご覧」 「全部、全部です。 お願い、止めて」 「何が恐いか、きちんと言ってご覧。 そうすれば、すぐに楽になれる」 今度は頬の上に唇が降って来た。 余りに優しく触れられるので、変な勘違いをしそうになる。 節子は、漸くの思いで手を動かし、蛇神の胸元を強く掴んだ。 本当は突き放したかったのだが、そこまでは出来なかった。 これも彼の力なのだろうか。 このような体勢では、逆に節子の方から求めているみたいだ。 「これからされる事が、恐いです。 私、こういうエッチな事は、未だしたくない」 「うん、それから?」 「キスだって、した事ないんです。 こういうのは、大人になってからじゃないと嫌なんです。 前の時だって、凄く凄く恐くて」 以前は抵抗する間も無く股座を広げられ、女の陰を舐め、吸われた。 今は上半身を露にした状態で、ただ視姦されている。 されている事自体は前回よりも幾分か増しなものの、襲ってくる恥ずかしさは然程変わらなかった。 寧ろ、今の方が酷いかもしれない。 何をされるでもなく、じっと見詰められるというのは、こうも慙愧に堪えないものなのだろうか。 余りに熱心に見入られては、穴が空いてしまいそうだ。 彼の熱い視線の矢はそのまま心臓まで到達して、いつかは息の根さえも止めてしまうに違いない。 節子の両眼から涙が零れた。 もう我慢は出来なかった。 蛇神がそれを人差し指で掬ってくれた。 強姦紛いの事をしているというのに、その手付きは何処までも優しい。 「では、その恐怖を全て拭ってあげようね」 蛇神は節子の口を覆った。 節子にとって、初めてのキスだった。 最初は下唇を優しく食むように、そして吸うように。 べろりと上唇を舐められれば、恥ずかしさと息苦しさで口を開けてしまった。 その隙に、蛇神自身の舌を捻じ込まれた。 ぬるりとした感触が、歯を撫でた。 節子の舌すらも絡め取られた。 彼の唾液が、どろりと侵入してきた。 呼吸の仕方が分からなくなって、節子は益々彼の胸元をきつく握り締めた。 酸素を求めて、肩が荒く動いてしまう。 だが、蛇神は角度を変え、動きを変え、節子の口内を執拗に蹂躙する。 はらりと落ちて来た彼の髪の先が、節子の頬を擽った。 もはや哀しいだけではない涙が、それを伝って節子の眦からぽろぽろ零れ落ちた。 漸くの思いで解放された頃には、節子の脳内はまともな働きを為していなかった。 目を開ければ、有り得ない程の至近距離に美しい男性の顔。 女である節子よりも睫毛が長い。 作られた人形のようだ。 「痛い事はしない。 大丈夫だ」 彼がそう言えば、そうなのかもしれないと思った。 先の濃厚な口付けのせいで絆されていると分かっていても、そのまま流されてしまいそうだった。 抵抗を図る気は、何故か失われていた。 余りに長い口付けに、全てが骨抜きにされてしまったのだろうか。 蛇神の言葉には、恐らく魔法が掛かっている。 彼が黒だと言えば世の全ては黒になり、白だと言えば純白が何処までも拡がっていきそうな力を持っている。 だから、蛇神が大丈夫だと言えば、そのまた全てが大丈夫なのだと思えてきた。 あらゆる物の恐怖を取り払ってくれると言うのならば、それも簡単に持って行ってくれるような気がした。 端整な顔をした蛇神の唇が濡れていた。 やけに厭らしかった。 節子の頬も、かっかと熱くなってきた。 蛇神の唾液か、或いは節子の唾液かは分からないが、しっとりと濡れる彼の唇がとても扇情的だったからだ。 初めて経験する他人の唇は窮屈で息苦しかったが、何処か甘美だった。 味などしなかったが、生温くてどろどろしていて、胸の内を占めていた葛藤も溶かしていくようだった。 それどころか、新しい扉を一つ開けられた気もする。 このままこの男に全てを許してしまえば、己はどうなってしまうのだろうか。 沢山の突飛な展開に、拙い経験しかない節子の官能は、間誤付くように足踏みしている。 そこを優しく蛇神に牽引されていく。 ほら、此方の方に来てみなさいと、するする引っ張られていく。 彼の手中で容易く転がされているのが、自身でも分かってしまう。 蛇神が、そっと節子の胸に再度触れてきた。 びくりと身体が強張った。 彼の指は、ピアノを奏でるように節子の肌の上を歩いていく。 そして、胸の頂きだけを避け、ゆっくりと円を描き始めた。 「ほら、此処は気持ちいいだろう?」 筆の毛先で撫でられているようなむず痒さがあった。 節子はきゅっと目を閉じた。 「分かりません」 「いや、気持ちいい筈だ。 言ってご覧」 つん、と彼の爪先が節子の胸の頂上に当たった。 そこから微電流が走った。 肩をぴくぴく震わせ、節子は言った。 もう蛇神の言い成りだ。 「気持ち、いいです」 節子の返事に、蛇神は満足そうに小さく頷いた。 「いい子だね」 子供を褒めるような口振りだ。 節子はまた一層頬を染めた。 こんな状況下で、何故か嬉しくなっている。 彼に褒められた事に浮き足だっている。 節子の内心は様々な方向に動いて覚束なくなっていた。 恥ずかしい。 恐い。 それなのに、何故か嬉しい。 互いが互いの感情を壊すように、時に補うように動いている。 どうすればこの葛藤を消化出来るのか、塵ほども分からない。 「では、これはどうかな」 蛇神が節子の胸の中心を指で摘んだ。 爪が僅かに食い込んだ。 先程よりも更に大きな電気が走る。 節子は、ぶるぶると顔を左右に振った。 「こわ、恐い」 「恐くない。 恐くないよ、セツ」 彼の声は優しい。 しかし、指は節子の胸の突起をじりじりと責め続けている。 強く押し潰すように摘まれる。 そこだけ棘を刺されたような錯覚に陥る。 細くて小さな針の先を、ぐっと強く当てられている。 「ほら、此処の奥もじくじく疼くね?」 蛇神が、空いた方の手で下腹を撫でてきた。 すると、胸の痛覚が其処にまで移ってしまった。 水がじゅわりと何処からか滲み出る感覚があった。 全身もむず痒くなってきた。 海から跳ね上げられた魚のように、びくびくと全身が震えてしまう。 それを止める方法も分からない。 「毎夜解せば、いずれ私の全てを飲み込むようになれる。 セツはいい子だからね」 蛇神が耳元で囁いた。 訳も分からぬまま、節子は泣きじゃくった。 仕舞いには、視界が真っ暗になった。 そして、蛇神に触れられている部分の感触も、とんと消えてしまった。 TO BE CONTINUED. 2009.01.20 [*前へ][次へ#] [戻る] |