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小説
第一話
毎夜毎夜、おかしな夢を見る。
それは高校一年目、十六歳になった途端に始まった。

水辺に浮かんだ真っ白な神社の殿舎。
そこに、瑠璃色の長い髪、蒼い目をした青年が立っている。

彼は、夢の主の節子(せつこ)を待っているようだった。
真っ赤な欄干に腰掛け、社へと続く橋を渡る節子を手招きしている。
節子は、誘われるようにその青年の方へと歩いて行く。

青年は、自身の名を名乗った。
だが、夢の中のせいだからか、節子にまでその声は届かない。
何を言われたのか分からないまま、差し出された手に己のものを重ねる。
その途端に、決まって目覚まし時計が鳴るのだった。

今日もいつもと変わらぬ朝、同じ夢。
違う事といえば、日付が昨日よりも一日進んでいるくらいだろうか。

柏木(かしわぎ)節子は、寝惚け眼を擦りながら、ベッドからもたもたと起き上がった。
時計の針が差しているのは、午前七時。
これから学校だ。

この春、入学したばかりの徳祥高校は、県内でも有名な進学校だ。
授業が進む進度も早い。
たとえ無遅刻無欠席で真面目に通っていたとしても、塾が必要な程だ。
仮に一日でも休んでしまえば、追い付けなくなる程にカリキュラムが進んでいるに決まっている。

過度な勉強スケジュール、厳しい校風、少なすぎる校内イベント。
あると言えば、学力診断模試くらいか。
それでも節子がこの学校に行きたかったのは、ひとえに可愛い制服の為だった。

大概、偏差値の高い学校の制服は田舎臭いものが多いといわれるが、徳祥高校はまた別格だった。
男子は学ラン、女子はセーラー服。
今時、ブレザーが多い中、この古き良き制服のスタイルは、節子に煌々と映っていた。

規定の制服に身を包み、朝の支度を終えた節子は、急いで家を出た。
節子の家から高校までは、歩いて四十分。
自転車を使えば早いのだが、いかんせん彼女は一度自転車盗難に遭っている。
しっかり鍵を閉めたというのに、その鍵すらも壊して盗まれたようだ。

高校に入り、新しい自転車を買って貰ったばかりだった節子は、更にもう一台、と両親にねだれなかった。
そもそも、徳祥高は歩いていけない距離でもない。
最近では、健康の為にこれもいいか、などと思い始めている。

通学の道中には、古く小さな祠があった。
縦横数十センチの、簡素な社だ。

赤い塗料が剥げたミニサイズの鳥居に、薄く汚れた白い殿舎。
紙垂も破れかけている。
屋根の千木は蛇のようだが、ミミズに見えない事もない。

節子が未だ小さい頃、此処には偉大な神が住んでいるのだよ、と近所の老婆に教えて貰ったような気もするのだが、その真偽も定かでない。
本当に崇高な神が居るのだとしたら、こんなにも小さな祠である筈がないからだ。
大方、土地神紛いの何かが祭られているのだろう。
或いは、ちょっとした天災を恐れた誰かが、神の仕業だ、超常現象だと喚き散らし、その祟り対策として作ったのかもしれない。
いずれにせよ、とても胡散臭い代物だ。

しかしここ最近、その祠の前で小さな子供がたむろしているのを見るようになった。
古臭い小堂に興味を持ち、遊び道具にでもしているのだろうか。

四、五人の小さな子らは、決まって目深な帽子を被り、ひそひそと密談を交わしていた。
年にして、小学校の低学年程だろうか。

節子も、小さな頃は秘密基地やら秘密スポットやらと内緒話に花を咲かせたものだ。
だが、今は立派な徳祥生だ。
幼かった頃のようにレジャーに勤しむ事など出来る筈も無いし、何より今一番に優先させないといけないのは勉学だ。

しっかり勉強し、いい大学に入り、いい就職先を探す。
そこでいい男を見付け、寿退社などが出来ればいい。
将来は専業主婦だ。
夫の帰りを待ちつつ、日がな一日ごろごろして過ごす。
それが女の幸せだと、節子の柏木家では教えられていた。
実際、彼女の母は、その道を淡々と辿っている。

この人生に、若者らしい夢がない事は自覚している。
だからといって、節子は自身に取り得が無い事も知っている。

たとえば、手先が器用であれば美容師だとか、化粧に興味があればメイクアップアーティストだとか、演技が好きであれば女優だとか。
何か一つでも特技があれば、そのような華やかで、且つ月並みな夢を持つ事も出来たのかもしれない。

しかし、節子はあいにく何を取っても平凡で、特別に何かが出来ない事もないが、出来る事もない。
いつだって人と同じで、目立たない道ばかりを歩かされて来た。
その人生で一つだけ華々しい功績を挙げるとすると、やはり徳祥高に受かった事くらいだ。
後にも先にも、それしかない。

節子は、今日も群れ集まっているその四人の子の横を通り過ぎようとした。
けれど、今日に限ってその子達の一人が、節子に向かって声を掛けてきた。

節子は、自身に掛けられた言葉だとは一瞬認識出来ず、反応を返しそびれてしまった。
無視されたと思ったのか、青い帽子を被った子が節子の腕を取る。
どきりとした節子は、今度こそ過度に反応し、振り返った。

「ちぃと、お嬢さん」

幼い子にしては、おかしな喋り方だった。
節子はひょいと首を傾げ、「なあに」と返す。

「一つ聞くけども、お前さんがカシワギセツコさんかね」

まるで年老いた爺婆のようなイントネーションだ。

「そうだけど、何?」
「いや、ちゃんと聞いておかんと、間違っとったら困るじゃろうに」

今度は緑の帽子を被った子が言った。
もしやこの子達は四つ子なのだろうか。
喋り方も去る事ながら、声色自体も非常に似ている。

「そうじゃ、ちゃんと聞いとかんと、後でたんと怒られる」
「怒られるのは嫌じゃからな」
「そうじゃ、嫌じゃ」

続いて、赤の帽子、茶の帽子を被った子までもが喋った。
余りに声が似ているせいで、誰がどれを喋ったのかも分かりにくい。
背丈や恰幅もほぼ同じだ。

節子は、この不審な子らに眉根を寄せた。
突然話し掛けて来たかと思えば、節子の名前を知っているときた。
しかも、誰かに怒られるやら何やらと、訳の分からない事ばかりを言っている。
節子にはとんと理解し難い、蚊帳の外の話だ。

もしこれが小さな子ではなく、大の大人達などであれば、今頃「変質者です、誰か助けて」と叫んでいただろう。
矢庭に腕を掴み、名前を確認してくる。
普通であれば、誘拐の前調べの一環だ。

しかし、この小さな四人の子が節子を誘拐するとは考えにくい。
だからといって、これから何をされるのか、他にも全く思い当たらない。

腕時計を見れば、もう五分が経過していた。
節子は、通学にはいつも三、四分程の余裕を持って出るようにしている。

けれど、このままでは遅刻しかねない。
ほんの一秒でも遅れてしまえば、その瞬間に授業は始まってしまうのだ。

徳祥高には、朝のホームルームが無い。
チャイムと同時に、すぐ一限目が始まってしまう。
しかも今日の最初の授業は、移動教室では無かっただろうか。

節子は、子供達に軽く謝ってから、その手を振り解いた。
走らなければ、到底間に合いそうもない。

軽く握られていただけだったので、その拘束は難なく解かれた。
走りながら、節子は後ろを振り返って叫ぶ。

「悪いけど、遅刻するから」

また今度ね、とは言わなかった。
おかしな子供達の遊びに付き合わされるのは御免だったからだ。

だが、その子達の一人が、節子の代わりに「また今夜」と言った。
それに続いて、違う子が「六時」「七時」「八時でもいいぞ」と付け加えた。
何の約束の取り付けかは分からないが、節子は返事を返さなかった。

節子は忙しい。
学校に着き、朝から夕方までびっしりと勉強をすれば、今度は塾が待っている。
そこで夜十時まで数学や英語の予習をし、家に帰ってその日授業で習った範囲の復習をし、次の日に備える。
その繰り返しの過度なタイムスケジュールが日々待っているのだ。

しかも、また明後日には県内で実施される実力模試がある。
そこでいい点を取っておかないと、今の志望大学も難しいかもしれないぞ、と担任に言われたばかりだ。

節子にはしなければならない事がたんとある。
その十中八九はひたすら勉強なのだが、今の彼女にとってはそれも大いに大事な事だった。





TO BE CONTINUED.

2009.01.13

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