文芸部の日常 〜オープンハイスクール一ヶ月前〜
9
奈寿菜はそういう顧問に信頼を抱いていた。
と、夏子が鍵を手にしてこちらに歩いてきた。
「あら、邪魔しちゃったわね。どうぞ」
出入り口を塞いでいる白野が場所を開け、椿、奈寿菜、最後に夏子が部室を出た。
外側に設置されている電気のスイッチを押して室内の明かりを消し、戸を閉め、鍵を差し込んだ。
と、その様子を見ていた白野が不意に、
「今日は私が鍵を持ってくわ」
手を夏子に差し出した。即座に反応する奈寿菜は、
「え、いいんですか?」
不意を突かれたような様子で問う。
「じゃあお言葉に甘えて」
「夏子くん……甘えすぎ」
ノッてくる夏子。
二人の様子に白野は朗らかに笑う。
「どうせ私はこの後、職員室に帰るしね。ついでよ」
「なんだ、ついでなんですかあ」
「みっさん、ついででもいいのさ。あたしらにはちょうどいいんだから」
「なっちゃん、世渡りうまそう……」
椿のその言葉に、言葉にせずとも内心で、奈寿菜は賛同の意を述べた。そして夏子が白野に鍵を渡すのを見る。
「確かに受け取ったわ。さ、早く帰らないと」
「はい」
唱和して返事する三人。
「じゃあ、また明日の授業に」
鍵をつまんだ右手をちょいっと上げながら別れの印とし、白野は職員室へと戻っていくために階段を下りていった。
彼女の室内履きが小さくかすれる音を立てて、白野が職員室へ遠のいていくのを教えていた。
文芸部部員たちは、四階から三階への階段を見下ろし、顧問の姿が見えなくなったところで、
「いつもの道で行こっか」
「そうだね」
ひとまず、三年生の教室の集まっている階である二階まで降りていった。
そして、5時15分以降で唯一使える、向かいの特別教室棟に通ずる渡り廊下を通り、一階まで降りきると靴箱へ向かい、運動靴を手に取った。
「このルート、荷物が重い私にとっては結構苦労すんなあ」
「じゃあ荷物減らせばいいのに」
「どうやって?」
「辞書が多いんでしょ? 持ってくるの。だったらその辞書を電子辞書に変えればいいんだよ」
「紙のがあるのに、それ以上買えないって……」
「あたしは電子派だけどねー」
「そりゃあ夏子くんは学校から家までが遠いから」
「そのとーり!」
中学の指定カバンを利き腕の肩に掛けている奈寿菜は、少々よろめいた。
その後手に運動靴を持ち、靴下の足で砂だらけのタイル地の床を通り、特別教室棟に戻ってくると、階段を二階まで上り、例の渡り廊下を使って普通教室棟に戻ると、すぐそばの階段を下りた。
そして、一階廊下を真っ直ぐに歩いてゆく。
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