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文芸部の日常 〜オープンハイスクール一ヶ月前〜
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 勤務している教員の中で、文芸部の部室の位置、そして活動の実態を正確に把握しているのは果たしてどれくらいいるのだろうか。
 部員たちは、それに対してほとんど知らないのではという自信を持っている。
 おかげで意外とやりたい放題、薔薇色天国。


(まあ、そういう点じゃ、私も感謝しているのには変わりはないけどさ)


 盛り上がる二人をちらと見やり、奈寿菜はカバンからソフトカバーの比較的薄い本を出した。
 文庫本だが一般向けの物より遥かに字は大きく字数も少なく、開けば目に付く絵のページ数も多い。その絵柄は漫画風。
 児童向け小説の文庫本だった。


(こんな物ノーカバーで教室で読んだら、絶対に変な目で見られるだろうよ)


 肩身が狭い趣味だと思っているので、このような場所があるのは、奈寿菜にとってもありがたいことだった。
 さっそく派手な絵の表紙を開き、前書きからじっくりと読み始める。


 読書で物語世界にしっかり浸かっていても、現実世界と意識がきちんと接続されているので、今何が起こっているのかは、奈寿菜はちゃんとわかっていた。


「見て〜、この前言われてたやつ、できあがったよ」

「え、ほんと? 見せて見せて!」


 いつの間にやら漫画月刊誌は夏子の白布袋に収まり、代わりに、古くて傷だらけの机の上には、キャラ柄のクリアファイルから取り出された紙が数枚――五、六枚ほど束ねて置かれていた。
 見る限りでは、それらの紙には人物が二人ずつ描かれており、小さい字の集まりが人物の下部に塊を成している。
 恐らく人物紹介、設定の説明書きだろう。
 椿はそれらを手に取り、一枚一枚じっくりと読み始めた。


「それ何?」


 物語が戦闘場面に突入したばかりのところで奈寿菜は顔を上げ、二人に尋ねる。


「ああこれ? 実は前々からみっさんの小説のキャラ描くって約束しててさ、やっと昨日に出来上がったんだよ。で、それを持ってきた」

「へえ〜」

(いいなぁ……)


 夏子は文芸部の絵描き主力部員である。
 そんな彼女に奈寿菜も、自分の小説のキャラクターデザインを担当してもらえればと、かなり前から考えていた。
 ただ、色々な方面で忙しそうな彼女に頼むのは、何だか気が引けた。だから夏子に対して行動を起こさず、自分でキャラを描いてみたりする。
 遠く、彼女の画力には及ばないのは言うまでもないが。

 ここまで考えて奈寿菜は頭を振ると、気を取り直して本の戦闘場面に戻ろうとした。
 が、思ったことがあり再び本から目を離す。


「ねえ、それ、オープンハイには使うの?」


 話題をオープンハイスクールに持っていくならこうするのが最善だと思ったようだ。


「いや、今回は使わないけど」

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あきゅろす。
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