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文芸部の日常 〜オープンハイスクール一ヶ月前〜
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 狭い部室に時折響くのは、奈寿菜がシャーペンで答えを書く音、前の項を参照しようとページを繰る音。
 それからその何倍も多い、椿のページを繰る音。
 それくらいだ。

 午後3時半を過ぎた、緩やかな時の流れの昼下がり。
 ここは自由で、何をやっても活動になる隠れ家。
 静かに過ごすもよし、また、騒いで過ごすもよし。
 奈寿菜も椿も、この空間にいると、非常に充足感に満たされていると思うのだった。
 そしてそう思う者はもう一人……。


「あのさ、オープンハイの原稿進んでる?」


 出し抜けに奈寿菜が尋ねる。宿題は、ほぼ終わりかけけていた。椿は栞を挟み、本から顔を上げる。


「ああー、まだだね。10月に入ったから、頑張ってはいるんだけど、合唱部の方もさ」

「そうだったよなー。そっちも実際に歌うんだったよね。練習進んでる?」

「うん。まあまあね」


 最近、暦は10月に入ったばかりである。およそ一ヵ月後には将来の部員候補勧誘イベント、オープンハイスクールが待っている。
 このままでは部の存続が危ぶまれるので、中学生にもしっかりアピールしておきたいと、部長職であるがゆえに奈寿菜は強く意識していた。
 軽くため息をつくと、彼女は宿題を教科書とノートだらけの重いカバンにしまった。


「ま、原稿進めとくよ、私も。そういやもう一人も兼部してるからな、そっちはどうなんだろ」


 その兼部者、夏子のことを思い浮かべていると、豪快に戸が開いて、外の人物が全身像を見せた。


「よっす!」


 夏服セーラーの白が眩しい。髪を後ろで縛り、背にはグレーのリュックサック。左肩には白く薄い布の袋。まさしく夏子だった。


「夏子くん! おいっす。ちょうど話しようとしてたんだよ」

「あのさみっさん、これ! ついに手に入れた!」

(あの……もしもし?)


 軽く、耳に入れてもらえなかった奈寿菜の声。
 疑問と小さな悲しみを感じつつも、奈寿菜は夏子の動きを目で追う。
 当の夏子は、白布袋から漫画月刊誌のようなものを取り出していた。それらしい絵柄が美々しく表紙を飾っている。


「待ってたんだよ〜休載から半年!! ついに連載再開だってさ」

「えっほんと?! ねえこれ今度貸してくれる?」

「もちのろんっス!!!」


 二人とも、奈寿菜など眼中にない様子で漫画月刊誌に見入っている。

 当然、このような物、学校に持ち込むことは禁止されている。
 しかし平気で持ち込む者もいるのが現実だ。
 ここ文芸部の部室は、そういうことができる抜け道、持ち込み禁止物が続々と持ち込まれる巣窟。
 奈寿菜はそのような気がしてならなかった。

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あきゅろす。
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