文芸部の日常 〜オープンハイスクール一ヶ月前〜
3
彼女はこれを一年生の時から書いているのだが、今回は旅の途中で博雅という登場人物が、軽い調子で親父ギャグを発するという場面があり、現段階ではそこまで書き進めていた。
奈寿菜は深く椅子に腰掛け直すと、目を閉じ、作品の場面を想像する。
「そう……あいつはこう言う。『ほう、そうか? これはこれは、理想の笛がありそうだな』とな」
一人、つまらないギャグにくすりと笑う。
調子に乗って奈寿菜は、一人で多くの登場人物を演じ続ける。
裕『つまらないこと言ってんじゃねえよ!』
黎『しかし、なかなか趣があって良いのではないかな?』
藤『何をおっしゃいますやら黎明様。貴方様まで博雅に感化なされては困ります』
瑠『ああ、横笛(おうてき)の名手の名がすたるぜ。何てことしてくれんだ』
一『……これだけは進言しておく。兄者、己の格を落とすな』
「ぶはっ!」
なぜかよくわからないが、展開が面白いと自分で思ったためか、奈寿菜は途中で噴き出した。続けて、
博『格を落とすな、だと? 馬鹿を言え、角(かく)を落とすのは風や水に削られ続けた石だろうが。川原の石を思い出せ。皆角が取れて丸かろう? それは賽の川原の石とて同じことよ』
一『兄者、石の場合は「かど」だと思うのだが……』
だんだんと博雅の言っていることが本題から離れてゆく。奈寿菜も実は頻繁に使用する会話技法、「脱線」を使っているからだ。
そうやって延々と本題からの脱線を展開し、それを奈寿菜がすべて声に出して悦に浸っていたところへ、戸が勢いよく開いた。
「っ!!」
一瞬、息が止まった。
「あ、ワタさん。来てたんだ。いつものことだけど」
椿が入ってきた。
とっさに奈寿菜は妄想をやめ、現実世界に意識を接続する。
(今の聞かれていなかっただろうなぁ……、まあ、そのことを尋ねられたらシラを切ろう)
そう決めると、普段どおりの態度でふるまい、宿題の古典のワークを出して椅子に座る。
「ところで、今日は合唱部の方は?」
「今日は休みなの」
「そうなんだ」
いつもの軽く短い会話である。
この後たいてい、奈寿菜は宿題をし、椿は持参の、あるいは図書室から借りてきたぶ厚い本を読み始める。
その本の分野というのは、小説の他はファンタジー関連の専門書だったりすることが多いと奈寿菜は勝手にそう見ている。
そして実際、前述のとおりになった。
奈寿菜は、先程の妄想深入り状態をごまかすためにも取り出した古典のワークに取り掛かり、椿は今日もやはり、持参の本を取り出してページをめくり始めた。
今日は、かなりぶ厚い小説の文庫本らしい。
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