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文芸部の日常 〜オープンハイスクール一ヶ月前〜
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 右手には明かりが煌々と照っている職員室がある。
 生徒が掃除当番で職員室に来ると、ゴミ箱の中にお菓子の袋が混じっているのを発見したり、机に教員の家族やペットの写真が飾ってあったり、部屋全体にコーヒー臭が充満していて、冬に暖房がかかっている状態で嗅ぐと、ちょっと「うっ……」となったりする特殊空間である。

 三人はそちらの方をちらと見た。コーヒー臭は外までは漂ってこなかった。

 やがて校長室、ガラス窓で中がよく見える事務室(通った時にはカーテンが閉められていたので、受付が終了していることは言うまでもない)を横目にし、突き当たりの教職員トイレまで辿り着いたのでそこを右に曲がる。

 ゴールの正面玄関だ。
 三人は靴を玄関に下ろして、腰を一旦下ろすとすぐに足を入れた。それから重いガラス戸を開けて外へ出る。
 夕闇が濃度を増してきていた。
 しかし気にする風もなく、三人はそれぞれの組の自転車置き場へと向かう。
 到着した時には、いやそれ以前からだろう、生徒たちの銀輪は明らかに減っていた。


「あー……、やっぱり少ないか」

「たぶん、こんなに遅い文芸部員って、私たちくらいじゃないかな」

「あるいは来年入ってくる、あたしたちの後輩も、かもしれないね」

「後輩入ったらいーんだけどなー」

「そのためのオープンハイでしょ! 私たちの部の魅力を中学生に売り込むんだよ」

「美作さん、売り込むって……」

「まあさ、たとえ入らなかったとしても、部員がいる間は部を潰されることはないんだから、今までどおりやっていようよ。ね? ズナさん、肩に力入れなくていいんだよ」

「夏子くん」

「部長だから……、って重く考えない考えない! いざとなったらあたしらだけでやっていけるよ、ね!」

「まだ新入部員が来ないって決まったわけじゃないんだけど……。それに『いざとなったら』とは言うが、入部当初から私たちだけじゃん! 美作さんは二学期からの途中参入だけどさあ」

「ああ、それもそうかあ」

「なっちゃん、楽天的すぎ。でも、ウチの部はそれくらいなのがいいのかもね」


 女三人、かしましい。夕方になってもおしゃべりの口は止まらない。
 そんな彼女らは、しゃべりながら自転車のスタンドを蹴り上げて走行準備を完了させると、自転車を停車場所から下ろしてまたがり、駐輪場の中に走る狭い道を注意深くこいでいく。
 狭い空間を抜け出せば、後は裏門から走り出て、田園広がる外へと散らばり帰ってゆく。
 家を目指してペダルをこぐ彼女らに、10月の夕風が纏わりつく。


「それでさーみっさん、いい店見つけたんだけど今度行かない?」

「うん、考えてみる」

「いいよなぁ、そっちの世界は広がってて」

「行ってみたらいいじゃんか」

「じゃあ店の名前だけでも教えてくれる? ああ、もう家近いわ。また今度ね。はーい。――バイバイ!」

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あきゅろす。
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