暗陰歌集、時折明陽(『暗陰残歌』含む)
暗陰残歌-2
どうして気づけなかったの。自分自身の言い訳なんて聞きたくない!
そういえば思い当たることがある。
彼女は講義が終わってから去り際、わざと私にわかるよう、彼女の席である机に紙切れを置いていっていた。そこにはやはり鉛筆書きの字で、短歌が記されていた。
世の人の持つ苦しみに比ぶれば我が苦しみなど苦しみにあらず
さうは言へど我苦しきこと変はりなし直ちに欲す汝が救ひの手
彼女は気分の変わり方が激しいから、単なる落胆が理由でこの二首を詠じたのだと、当時の私は適当に考えていた。
でも今考えれば、あれは彼女の精一杯の自己表現かつ救援要請だったんだ。なぜかって、「直ちに欲す汝が救ひの手」ってあるからじゃない! あれは私にすぐに助けてほしかったんだよ!
でもあの子は、自分のことを我慢して人に言わないタチだから、その後も直接、私にそれらしきことを言う様子はなかった。
間接的すぎて、現代人にはわかりにくい方法でしか、直接的表現ができない子だったんだ、彼女は! 矛盾してるようだけど、そんなの関係ねえ!
『世の人の持つ苦しみに比ぶれば我が苦しみなど苦しみにあらず』
『さうは言へど我苦しきこと変はりなし直ちに欲す汝が救ひの手』
『幾年後我の周りに人をるかきっとをらぬよなぜなら我は』
(『なぜなら我は』――!)
急げ私! 取り返しがつかなくなる前に!
二度と取り戻せない大切なものを失う前に!
「暗陰残歌」(完)
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