○その他 3-2. 一松はふと目を開けた。部屋は暗く、枕元に置いた時計の針は二時四十分を指している。 嫌な時間に起きたものだと思う。起きるにはまだ早いというのに一度覚醒した頭はすぐ寝るには冴えている。 「うえっ……」 唐突に吐き気に襲われ、傍らの洗面器を掴んだ。 この病気は花を吐くタイミングが分からないのが辛いところだ。カラ松に関することを考えている時は勿論、関係がない時にまで花は口からこぼれ落ちていく。 ――カラ松。 色とりどりの花が洗面器に山を作っていく。どれだけの花が体内で生まれているのだろうか。 ――カラ松。 花を吐くとよりカラ松への想いが強くなっていって、その為にまた花を吐くという悪循環。その全てがカラ松に向けた想いだから尚更質が悪い。 ――カラ松。 「大丈夫か」 こんな深夜に聞こえてきたカラ松の声に目を見開く。 「けほっ……な、なんで……」 「一松が呼んでる気がしてな」 カラ松に背中を摩[サス]られ、少し落ち着いた。 兄弟で脳内会話ができることもあり、もしかしたら無意識にカラ松に呼び掛けてしまっていたのかもしれない、と一松は思った。 「また沢山出したな。花屋でも開けそうだぞ」 「ヒヒッ……触っちゃ駄目だけどね。……おい、クソ松」 開いてんぞ、と襖を指差す。 「すまない、ブラザー」 そう言ってカラ松は閉め忘れた襖をきっちりと閉める。 戻ってきたカラ松はビニール手袋を嵌め、慣れた手つきで花を袋に入れていく。 一松は洗面器からこぼれた花をつまみ上げた。 白い花。鳥が翼を広げるような妙な形をしている。この花も一松が吐き出さなければ、こんな形の花があることすら知らなかっただろう。 「一松、結ぶからそれを入れてくれ」 カラ松もこの病気がなければ、きっと一松が恋をしていることすら知らなかったのだろうとまたそっと花を吐いた。 誰かが起きる気配がしてチョロ松の目が覚めた。 トイレだろうか、と布団から抜け出た兄弟を薄目で見遣るとカラ松だった。 真面目な顔をして部屋を出ていくカラ松に眠気が飛んだ。一松の所に行くんだろうと直感する。 部屋を出たカラ松の後を追ってチョロ松も布団を抜け出る。カラ松が階段を降りて客間の方に向かうのを見て、チョロ松も忍者のように静かに客間のそばまで行く。 客間からは声が聞こえ、チョロ松の勘が正しかったことを知る。そしていつもは閉まっている襖が今は開いていた。 ごくり、と唾を飲み込む。 松代には駄目だと言われているし、一松もそれを望んでいない。けれどチョロ松もおそ松達も皆、そうまでして隠される一松の病気が気になってしょうがなかった。 好奇心のままそっと中を覗くと、洗面器に向かってえずく一松とその背中を摩るカラ松の姿が見えた。カラ松も一松もこちらに背を向けており、チョロ松の存在に気づくことはない。 それよりも引き付けられたのは。 ――え。 はらりひらりと洗面器から溢れる花、花、花。 色とりどりの花が一松によって吐き出されていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |