[携帯モード] [URL送信]

企画
やさしい傷跡(坂田)

新八が深い午睡から目覚めると、目の前に神楽の後頭部がぼんやりと映った。

(ああ、昼食を食べたら眠くなって、それで……)

朝の起床時とは違い、午睡からの目覚めというのは、全身をまどろみに支配され、しばらく起き上がる気力が出ない。
下手をするとまた眠りの縁に引き込まれそうだ。
それに抵抗しようと新八が和室の畳の上で寝返りを打とうとしたその矢先、小さな話し声が耳に聴こえてきた。
新八は身体を動かすのをやめ耳を澄ます。

「ウチも賑やかになったよね」
「だなァ、最初は俺と名前だけだったもんな」
「毎日楽しいよね。新八は私に似てしっかりしたいい子だし、神楽は強いし」
「ぁぁん!? なんでオメーに似んだよ、俺だろ俺、俺のおかげだろ、銀さんの生活態度を見てぱっつぁんは自主的に手伝いとかしてんだよ、
 神楽は……はなっから強かったなコイツは」

新八は瞬時に、これは動かないほうが良さそうだと判断する。
仲睦まじい夫婦の時間を邪魔するのは忍びないと思ったのだ。
眼鏡の外れた視力でははっきりと見ることはできないが、神楽の後頭部より少し先に、片膝を立て両腕を床についた銀時が見えた。
しかし話し声はするが名前の姿は無い。
と、すぐに新八の弱い視力でかろうじて、銀時の立てていないほうの脚の太ももに、銀時に甘えるように頭を乗せ横たわっている名前を捉えることが出来た。
銀時が名前に膝枕をしている。

(な、なんか、見てはいけないものを見てしまったような)

銀時と名前は、新八がはじめて銀時と出会ってからすでに夫婦だった。
名前を紹介してもらった時の驚きは今も忘れていない。


銀時に連れてきてもらった万事屋で、二人を迎え入れてくれた名前は、
銀時の後ろで、ちょこんと身を竦める様にして初めて訪れる場所に緊張と好奇心を隠しきれない様子の新八に、
こんにちは、とそれは綺麗な声をかけてくれたのだ。
空気を心地よくふるわせるようなその声以上に、名前の笑顔の美しさに圧倒されたのを覚えている。
小さな顔に大きな瞳が宝石のように輝いていて、すっと通った鼻の下に微笑を湛えた魅惑的な唇があった。
どこかの女優が、間違えて万事屋に迷い込んできたのかと、新八は思ったのだ。

『ぎ、ぎんさん、どどど、どなたですかこの物凄い美人は!?』
『あ? コイツ? 俺の嫁さんだけど』

銀時は、さらりとごく当然のようにそう言った。

『はじめまして。銀時の家内の名前です』
『は、はじめまして僕、志村新八といいます……あの……』
『名前ー、コイツのことは新八でいいぞ、今日からウチの従業員だ』
『そうなの!? よろしくね新八!』

あっ、夫婦だな、と思った。
並んでいるとパッと見、美女と天パにしか見えないのだが、少しの言葉で通じ合っている感じや、互いの持つ空気が非常に似ている。

二人と出会ったのを皮切りに、新八に次々と新しい出会いが訪れた。
やはり、銀時の妻が名前のような美人だと知ると皆一様に絶句するのだが、銀時は、そんな反応に慣れている様子だった。
きっと昔からこんな感じだったのだろう。
余裕綽々の表情は崩さず、しっかりと名前が自分のものだとアピールする銀時の姿が毎回面白かった。

『こんな超美人はじめてみたアル』という神楽に『俺の嫁さん褒めてくれてあんがとよ』と余裕げに笑っていた。
『なんか困ったことがあったら真選組にこいよ』と土方が言えば
『困りごとならまず先に夫である俺に言うに決まってんだろ』とわざわざ名前の肩まで抱き寄せながら不敵に微笑むのを見て、
土方は瞳孔をこれ以上ないほど開き、夫婦ってマジでか、という顔で二人を見ていた。
また別の日に『旦那、この人とどんな関係で?』と沖田に聞かれると『俺の嫁さん』と間髪入れずに返事をし
『こりゃたまげやした』とあの沖田に驚かれていた。


銀時と名前は、遠い昔からの付き合いで、攘夷戦争時代の末期には一時離れていたらしい。
前に、酒で心の箍が緩んだ名前がぽつりぽつりと銀時との過去を話してくれたことがあった。

『私ねえ、すっごく弱かったの』
『弱かったけど、恋人、銀時のことね、と一緒に居たいからって、戦場までついていっちゃってね』
『案の定、怪我をした』

そう言うと、名前は着物の袖をめくり上げる。
太くは無いが、どちらかといえば肉感的な部類の名前の腕は、普段隠れて見えない分それだけで色っぽい。
その腕の内側に、一本の線が長く走っていた。

『斬られたの。銀時達ならこんな怪我、包帯巻いてすぐ駆け出して行ったんだろうけど、私は無理だった』
『その時、銀時に今日一日だけでいいから傍についててって言っちゃったんだ』

だけど、銀時は辛そうな笑顔で名前の頭を撫ぜると、仲間の元へ行ってしまった。
激しい戦いの日々に土煙ですっかり色が変わってしまったその白い背中を名前に見せて。
その背中に安堵すると共に、激しい後悔が襲ってきたと名前は言う。

『ああこれが坂田銀時なんだなって……私はあの人の邪魔になってしまってるんだなって思ったの』

戦場についていったのは自分の我がまま。斬られたのは自分の責任。
なのに名前はそれを、銀時に背負わせてしまっていると気付いたのだ。
銀時は優しかった。斬られた名前を横抱きにし、天人の攻撃をかいくぐりながら安全な場所まで名前をつれてきてくれた。
ろくな物資の無い中で懸命に手当てをし、安心させてくれた。
白夜叉と呼ばれる男が、肝が冷えたぜコノヤロー、なんて苦しげにに笑う顔を見て、愛しいと思うと同時に辛くなったのだそうだ。

『愛してるから離れたの』

離れたくない、離れたくない、けれど、自分が居たら、銀時は自由に戦えない。
ただえさえいっぱいいっぱいの状況の中、たとえ銀時といえど全てを護ることなど無理なのだ。
ならば、彼の荷を少しでも軽く出来るなら、離れよう。そう思ったのだと、切なげに目を細めながら名前は言った。
当時の身を切られるような想いを思い出したのか、名前は話しながら鼻を小さく鳴らす。

『戦も終わって、世の中はすっかり変わってしまって、銀時が万事屋をはじめてからすぐくらいなのかな、私達、偶然再会したの』

何も言わずに姿を消した名前を目の前にした銀時は、そこが人が多く往来する街中だというにも関わらず、
見たことも無いような必死な顔をして、言葉を交わすより先に名前を強く強くその腕の中に抱きしめたのだそうだ。

ば……っかやろ、

そんな銀時の弱々しい涙声を耳にした瞬間、名前の涙腺が決壊した。
ごめんなさい愛してると銀時の胸の中で言い続けた。
銀時が着ている服は昔と違う。けれど、胸の中のあたたかさ、腕の力強さ、首筋のにおいは変わっていなかった。

『そこからは早かったわー、その日に婚姻届だして万事屋に引っ越してきてね』
『早ッ!!!!!』
『銀時ったらね、私のことどうしても忘れられなかったんだって。愛し続けてくれてたんだって。私もそうだったから、嬉しかった』

艶っぽく染まった頬は、日本酒のせいか銀時との思い出のせいか。
新八は先に床で潰れてイビキをかいている銀時に視線をやると『銀さんもやりますね』と笑った。



そんな過去を持つ二人だが、新八達の前で特別イチャついたりする姿を見せることは無い。
なので、銀時が自分の腿に名前の頭を乗せ、穏やかそのものといった声を出していることとか、
名前が恋に弾んだ少女のように銀時の言葉に反応して笑うことが、新八の全身を固まらせていた。

(い、いま起きたら絶対に気まずい……! 神楽ちゃん早く起きて!!!)

冷や汗をかきつつ寝たふりをして神楽に助けを求めるも、
定春を枕にして眠る神楽からはちっとも起きる気配が無い。

「甘いモン食いてーな」
「さっき食後に蒸しパンあげたでしょ」
「んなモンとっくに消化しちまってるよ。なんかねぇの」
「や、まだ動きたくない」
「っとにしょーがねー女房だなオメーさんはよ」

優しい優しい銀時の囁き声がしたかと思うと、それきり二人の会話が途切れた。
そよそよと九月の爽やかな風の吹く音。布ずれの音。神楽と定春の寝息。

新八がそうっと薄目を開ける。
銀時の大きな手が名前の頭をゆっくりと撫でていた。
視力が悪くても、銀時が滅多に見せないような甘い微笑みを浮かべているのが雰囲気でわかる。
銀時に膝枕してもらったままの格好で、名前が銀時の頬へ手を伸ばした。
伸びてくる名前の手を、銀時がやんわり掴む。
滑り落ちるように着物の袖が下がり、白い腕がむき出しになった。
そんな名前の腕に、銀時はそっと口付ける。愛おしむように、慈しむように。


きっと、あの傷跡の部分にしているのだろうなと新八は思った。




■銀時夢で銀ちゃんに膝枕してもらいながら何気ない会話をしてる昼下がりのほのぼのした一時
■新八君たちよりももっと前から万事屋にいたヒロイン
 万事屋で働くことになった新八君が、家に居るヒロインさんに
 【銀さん、どなたですか? このものすごい美人は?!】なんて聞いて、
 それにサラッと【あ、こいつ? 俺の嫁さんだけど?】みたいに答える銀さん
 新八君や、神楽ちゃん、もしくは土方さんとかの真選組メンバーに、余裕の顔で
 【俺の嫁さんだけど、なにか?】みたいな態度の銀さん
■坂田銀時。攘夷戦争時代に付き合っていたヒロイン。
 怪我を負ったヒロインを置いて戦場に向かった銀時達。戻ってきた時ヒロインはどこかに消えていた(自分がいたら邪魔になる等の理由で)
 それ以来、銀時はヒロインのことを忘れられずにいて、戦争が終わり江戸で万事屋を営み、現在に至る。
 あるとき、万事屋メンバーでいるときたまたま銀時がぶつかった相手がヒロインで…
 感動の再開!!!みたいな切甘々

この3つのリクエストで書かせていただきました!!
すすすみません切甘になってないかもですごめんなさいいいい。
若干シチュエーションも変更させていただいております。
匿名さま、春花さま、花香さま、素敵なリクエストをどうもありがとうございました!!

2015/09/22
いがぐり

[*前へ][次へ#]

5/28ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!