企画 この狭いカフェの中で(カフェパロ坂田) ※銀さんが現代でカフェのマスターやってるパロディです 一人暮らしのアパートから歩いて十分、賑やかな通りの端に私の通っているカフェがある。 なんていうか、カフェといったらお洒落な若者達が写真栄えする素敵な飲み物やスイーツなどをいただきながらワクワク過ごす、 そんなイメージがあるのだけれど、そのカフェは名前からして他のカフェとは違っていた。 『 Cafe万事屋 』 この、よくわからないセンス。 私が初めて堂々とその名前が掲げられた看板を目にした時、ふいにすごく楽しい予感がして自然と笑みがこぼれた。 その店名のどうしようもないアンバランスさに惹かれ、小さな窓から店内を伺うと、すぐさま男の人と目があってドキリとした。 三十歳手前くらいの、独特な落ち着きを持ったその人は、整った風貌にふわっとした髪型をしていて、 がっしりとした身体に白いシャツを身につけて、眠そうな瞳を半分開きカウンターの中に居た。 なんだかまるで外国人のモデルさんみたいと思ったときにはもう、 チリンと涼しい鈴の音と共に「いらっしゃーい」とドアが開かれていた。 Cafe万事屋は少しだけ薄暗い。窓が小さいからそう感じるのかもしれない。 店内はいたってシンプルな内装で、青みがかった白い壁、木でできたテーブルと椅子、カウンターがある。 マスターが吸わないからという理由で店内は禁煙だそうだ。 ポスターもなければ可愛い雑貨ひとつ飾られていない。 ここまで何もないと気持ちいいですね、と言ったら、掃除がラクなんだよな、とマスターの坂田さんは内緒話を打ち明けるように笑った。 ひどく耳に優しい、心地いい声だなと思った。 この店のメニューは内装と同じくらいシンプルで、 珈琲(色んな産地のものが仕入れた日によって数種類) 紅茶(アッサム、ダージリン、アールグレイ) そしていちご牛乳がある。イチゴミルクじゃない、いちご牛乳だそうだ。 あとはマスター自ら作る本日のケーキがある。たまにパイだったりタルトだったりもする。とても美味しい。 軽食は無し。前に一度ごはんは出さないのか聞いてみたら、ランチとか面倒だろ、だって。商売っ気はないらしい。 売り上げがマイナスにさえなんなきゃいいんだよ、って微笑みながら、 マスターは手馴れた動作でコーヒーケトルから細長く熱湯を垂らし、挽き立てのコーヒー豆を愛しげな眼差しで蒸らしていた。 いつも私がこの店を訪れるのは平日のお昼ごろという時間だからか、私以外にお客さんをあまり見たことが無い。 若いお客さん、主婦、お年寄り、そういったどの客層にもこの店のよさがわかる人はいるのだろうが、 やはりランチをやっていない為、この時間帯だけはぽっかりお客さんが途切れてしまうのだそうだ。 私はお昼をそんなに食べないので、ここのケーキを食べたらもう大満足。 「マスター、今日のケーキは何?」 「バナナケーキ。バナナが腐っちまいそうだったんだよ」 「その動機は聞きたくなかったかな」 「悪ィ悪ィ。でもスゲー熟れたバナナだからねっとり甘くてさ、砂糖無しのホイップクリームで食うと美味いんだなこれが」 「ずるい、そんなこと聞いたら食べないわけにはいかないじゃない」 「毎度ありー」 へっへっへと笑って、マスターはお湯を火にかける。 私は今日、紅茶を注文した。 アッサムティーにミルクをなみなみと入れて飲みたい気分だったのだ。 この店の紅茶はポットにたっぷりと二杯分紅茶をいれてくれる。 しかも抽出された紅茶を別のあたたかなポットに入れ直して持ってきてくれるので、 茶葉がポットに入れっぱなしで濃く苦くなってしまうということがなく、ゆっくり紅茶を楽しむことができるのだ。 「何もかも、すっごく贅沢」 気軽に交わせる楽しいマスターとの会話、美味しい紅茶にケーキ、この空間は贅沢で幸せに満ちている。 思わずこぼれた小さな言葉はカウンターの中のマスターに聞かれていたらしく、 はにかみながら持ってきた白いお皿に乗せられたバナナケーキには、 ホイップクリームの横に、もりもりとアイスクリームまで添えられていた。 「苗字さんはサービス業だっつってたよな」 「はい、だから平日休みでこういう空いてる時間帯にこれるんです」 「なんの店?」 「あの駅前のデパートの」 「あー俺たまにあっこ買い物行くわ。どこの売り場?」 「マスター、買いにきたいの?」 「迷惑?」 「ううん、でも女性の下着売り場なんだけど」 「マジでか」 そりゃ無理だな、とテーブルに茶器を運んできたマスターは、あたためたティーカップにいい香りのアッサムティーを注いでくれる。 私が本を持っていれば、さりげなく「ごゆっくり〜」とカウンターに戻りマスターも漫画雑誌を読んでたりするが、 ここ数ヶ月はずっと、私はこのカフェに本を持ち込んでいない。 「いい?」 「大歓迎です」 本を持ってこない理由はこれだ。 マスターは「よっこいしょ」なんておじさんくさいことを言いながら私の向かいの椅子を引き、腰掛ける。 その手前にはいつものいちご牛乳だ。 「マスターは食べないの?」 「いつお客さんくるかわかんねーからなー」 そう言って、グラスに氷無しでなみなみと注いできたいちご牛乳を、ストロー無しでぐびっと飲む。 誰もいないとき、マスターとこうやって話したりするのだけれど、 すごくドキドキして楽しくて、ひどく心がくすぐったい時間だ。 「あ、バナナケーキ美味しい。しっとりしてて生クリームとの相性最高!」 「だろ?」 「アイスクリームもおいしいな、もしかしてこれもマスターが作ったの?」 「いや特売のバーゲンダッシュ」 目を合わせて、そして互いに笑いあう。 きっと、私が自分で買って家で同じアイスを食べても、こんな美味しさは感じないんだろうな。 「んなかわいい顔して食うなよ。狼に食われてもしんねーぞ」 「ええー、私なんて誰も食べないよ」 「そーやって油断してっと危ねーかんね」 頬杖をついていた手で、マスターは私の頬を撫でた。 触れた部分からぽわっとマスターのぬくもりがうつるような、あたたかみのある手のひらだった。 これは明らかに客に対する態度じゃない。 私達は今カフェのマスターとお客ではなく、ただの男と女として一緒のテーブルについている。 相手の出かたを見ながら、少しずつ手探りで距離を詰めている最中なのだ。 この狭いカフェの中で。 「このお店、」 「ん?」 「夜にも……ほら、ご飯出してりしたら、仕事帰りとかでも寄るのになって」 「作ってやるよ。メニューにはねーけどさ、店じゃなくて、家でもいいなら」 マスターは手を私の頬から離さず、囁くように喋る。 「喜んで、近いうちに」 「今夜でもいいぜ」 「うーん、まあまずこのお店じゃないところで一度お会いしませんか?」 「いいよ」 マスターは色気たっぷりに、バナナケーキよりも甘く私に笑いかけて椅子から腰を上げる。 飲み干したいちご牛乳のグラスを手に取った途端、ちりりんと出入り口のドアが開いた。 すごい、お客さんがくる気配がわかってたんだ。 「いらっしゃい」 あ、男の人の顔からカフェのマスターの顔に戻ってる。 かっこいい、とぽかんと見上げていると、マスターは何か言いたげに私を流し目でとらえながら、ふ、と小さく笑う。 そしてマスターは流れるような動きで胸ポケットから二つに折りたたんだメモ用紙を長い指で取り出し 「ごゆっくり」とテーブルの端に置いていった。 まさかアイスクリーム代じゃ、と思いながら開くとそれはおそらくマスターの携帯の電話番号で、 それを暗記できそうなほど見つめた後、大事に手帳に挟んだ。落ちないところにしっかりと。 そしていつも手帳と共に持っているお気に入りのペンを手に取る。 ええっと、090、 ケーキと紅茶のお会計の伝票に、自分の電話番号をはっきりと丁寧に書いていく。 これからとってもとっても楽しくなる予感がして、数字がいつもより右上がり気味になってしまった。 ふふ、でもまあいっか。私は手帳に挟んだマスターからのメモを再び取り出し幸せな気持ちで見つめる。 マスターの字は、大きくてどっしりしていた。 電話番号の下についでのように坂田銀時と書いてある。 そうか、マスターの名前は銀時さんと言うのか。 さっきからドキドキとうるさい心臓を鎮めるように、ティーカップに残る少し冷めたアッサムティーを一気に喉に流し込んだ。 □銀さんで喫茶店の店員さんとのお話 まきさんリクエストのお話でした! こういったパロディものは滅多に書かないので、書いていてとっても楽しかったです!! 素敵なリクエストどうもありがとうございました♪ 2017/06/14 いがぐり [*前へ][次へ#] [戻る] |