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企画
だから君に縋ってしまう(派出須)
「カツラ?」
「正真正銘…地毛だよ………」
「眉毛描いたの?」
「元々薄くてもあったんだけどな…それが黒くなっただけで…」
「わあ、お肌ツルツルだ!エステに行ったの?そのお店私にも教えて」
「いや行ってない…」

珍しく逸人が何の前触れも無く私のアパートを訪ねてきていた。
今夜は逸人と約束していなかったので、完全にグータラモードでだらけていたところに突然、だ。
驚く私にインターフォン越しに申し訳無さそうに『名前に会いたくて…』なんて言われて嬉しくないはずがない。
スッピンだったが、もう何度か見られているのでまあいいかと、すぐにドアを開けると、そこに居たのはどこの俳優ですかというような長身のイケメンで。

「部屋間違えてますよ」「僕だよ、君の同僚で恋人の派出須逸人!」「はあ?」

そんなやり取りの後、まじまじとそのイケメンを観察してみれば、なるほど顔のパーツひとつひとつは見慣れた逸人そのもので、声もそのままだった。
いつものパサついた色素の薄い髪は今、黒々と艶やかに揺れていて、肌もひび割れておらず眉毛もしっかりある。
肌を重ねている時に冷血が逸人の熱情を食べきれず髪が黒く戻りかけた姿なら時々見ることがあるが、こんな完璧に冷血の影響を受けてない逸人を見るのははじめてだった。

部屋に入ってもらい、興味を抑えきれず逸人の顔や髪をペタペタ触って感触を確かめさせてもらう。
困り顔でされるがまま私に触られてる物凄いイケメンさんになってしまった逸人に吹き出しつつ、髪に指を通し頬を手のひらで挟んでみたりしてみる。

「本物だねえ、カツラでも特殊メイクでもない」

しみじみ驚く私が面白かったのか、ずっと緊張した顔をしてた逸人の表情がふっと緩んだ。
私が逸人にしたように、両手で私の頬を挟み顔を寄せてきたので目を閉じてその柔らかな唇を受け止める。
うん、キスの感触は変わらない。
ゆっくりと目を開けると逸人が躊躇いがちにこんな姿になった理由を説明してくれた。
私は病魔のことなどサッパリわからないけれど、なんでもある病魔と戦っている最中、非常に強い睡眠作用を持つ攻撃を“冷血”が受けてしまった。
間一髪でその病魔を咀嚼できたのだが、その直後“冷血”はストンと意識がまるで唐突に遮断されたかのように、深い深い眠りへと落ちていったという。
満腹で満たされた気分のまま活動を停止してしている状態なので、逸人は“冷血”の意識が戻るまで、健常な姿を保てるということらしい。

「一日も経てば冷血も睡眠から目覚めるだろうから、明日には今まで通りの姿になるだろうけどね…」
「へえ、なるほどねえ」
「この姿の僕の方が…よかったかい?」
「別にどっちでも。逸人は逸人じゃない」

当たり前のことを言っただけなのに、逸人はとても嬉しそうな顔になった。
その顔が凄く可愛くて、優しい眼差しで私を見つめる逸人の頬へ伸び上がってキスをする。
唇に当たる滑らかな肌になんとなく違和感。だけどくすぐったげに目を細める反応は変わらない。
瞳の色も濃くなっているけれど私を見つめる熱も前と同じ。
私の大好きな、逸人だ。

ふと気付いた。せっかく逸人がきてくれたのにお茶もまだ出してない。
もしかしたらお腹も減っているかも。
あまり食に対する欲を見たことが無いけれど、たまに私の作ったご飯を食べてくれることもあるのだ。

「何か飲む?おなかとか減ってない?」
「いや大丈夫だよ、お構いなく…」

にこ、と笑って私のことを抱きしめてくる。
その抱擁はとても優しい。だけど抱きしめられて感じる体温や呼吸、雰囲気が、何かに怯えているような、そんな印象で。

「なにか、こわいことでもあった?」

思わず口を付いて出てしまった言葉に、動揺したのか逸人の身体がピクリと動く。
漠然とした曖昧な勘だったが、ビンゴだったようだ。

「名前は鋭いね…」
「うん、逸人に関しては誰よりも鋭いよ。なんてね」
「…少し不安定になってるみたいだ。…迷惑なのは、わかってるんだけど…君と一緒に居ると心が和らぐから、だから…ごめん、縋っているんだ、僕は、名前に……」

逸人は苦しげに言葉を紡ぐ。
逸人の感じる不安を少しでも解せたらと、私はゆっくり逸人の広い背中をさする。
中学の頃の親友達にさえ、自分のことなど心配して欲しくないと言い放つ逸人が、私にだけ見せてくれる脆い面を私は迷惑だなんて思わない。

「謝らなくていいよ、私にできることがあるなら何でもしてあげるから」
「何もしなくていい。僕の傍に居てくれるだけでいいんだ」
「それでいいの?」
「うん」

自分の心と身体を犠牲にできるぐらい“冷血”を必要としている逸人だ。
時間が経てば目覚めるとわかっていても自分の姿が姿なのでどうしても落ち着かないのだろう。
ずっと抱きしめてあげててもいいけれど、この精神状態のまま居たら明日冷血が目覚めて逸人が見慣れた枯れた姿に戻っても、クマどころの騒ぎじゃなくなるような気がする。
やつれ疲労の浮かんだいつも以上に凄まじいホラー顔になってしまって益々生徒達から引かれてしまうだろう。
なんとか気を紛らわせてあげたい。
もっとこの姿に戻ったことを前向きに考えられるよう、私がなんとかしなくては。
急に顎の下にこぶしを当てて視線を逸らして考え込む私を、逸人は「?」なんて首を傾げて見てる。
目の前にはさらりと流れるクセのある黒髪。髪の毛。…毛!

「いいこと考えた」
「…?」
「脱いで」
「名前!?」
「ほら髪の毛がこんなに黒々してるなら、下のほうも色が違うのか確認しておかないと…ね?」
「ね、じゃないよ…何を突然……な、こら、ベルト勝手に外さない!」

カチャカチャとベルトを外す私の手が逸人によって阻止されて、私は唇を尖らせる。
チャックが半分開いたところでずずずと素早く後ずさりされた。
あともう少し下着を下にずらせば色を確認できたのに。

「僕の傍に居てなんて言ってたくせに私から離れるなんてどういうこと?」
「君が突拍子も無い行動をとるからだよ!」
「じゃあ先生ソファに座るから、ハデス君は自分でズボン脱ぎなさい。わかりましたね?他に質問は?」
「…どこをどう突っ込めばいいのか…わかりません苗字先生……」

真っ赤になって困りきった顔で挙手し意見する逸人に笑ってしまった。
私のめちゃくちゃな言動に振り回されて不安なんて忘れちゃえ。
そう言うと、とろけるような笑顔になった逸人に愛してるよと耳元で囁かれ、こっちも真っ赤になってしまった。



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ウズラ様リクエスト、黒髪逸人の甘々な夢でした!
冷血が寝たらハデス先生の姿が元に戻るというのは完全な想像です。
身体に巣食ってる病魔が寝たら罹人も寝るんじゃ…なんてことは考えちゃダメですよ!エヘ!
甘く甘くとニヤつきながら書いていた割に出来上がってみればどんな甘味料使ってるんだよというような、そんな話になってしまいました。
ですが書いててとても楽しかったです。
ウズラ様、リクエストどうもありがとうございました!

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あきゅろす。
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