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企画
手放せない(坂田)

飲んで朝帰りして玄関で着の身着のまま眠っていた銀時が、布団とは違うかたい床の不快感にようやくむくりと起き上がったのは、
朝と言うにはもう遅い、昼近くの時間だった。

いつもなら、もう銀時どこで寝てんのよ! ともっと早くに名前に起こされているというのに、今の万事屋には誰の気配も無い。
二日酔いによろめく足で台所を覗く。しんとしていた。しかも、いつも以上にきちんと片付けられている。
ここはいつも、もっと柔らかなぬくもりがあった筈だ。なのに今は妙によそよそしく感じる。

「んだよ名前のヤツ、どこ行ってやがんだ。……まァ、とりあえず水、いやイチゴ牛乳……」

冷蔵庫を開く。扉側にいつも入れてあるイチゴ牛乳のパックに手を伸ばした時、
庫内に入ってるものがいつもより多く、ぎっしり詰められていること気付いた。

「なんだコレ」

ラップがかけられた深い皿。タッパー数個。奥に押しやられるようにして、大きなケーキが見える。
深い皿にはレタスの上にローストビーフが乗せられていた。
タッパーには小さな野菜がたくさん入ったスープらしきもの。
そして出来立てはさぞ美味しそうに湯気を立てていたのだろうなという綺麗な焦げ目のついたグラタン。
名前の形作るハンバーグはいつも個性的な形だから直ぐにわかる。
肉団子ですかといつもからかっては、美味しくてぽいぽいみんなで争うようにして口の中に放り込むのが好きだった。
そんなころころとしたハンバーグが、ぎっしりとタッパーに入れられている。
どれも手をつけられた様子がない。

万年貧乏なこの万事屋で、こんな豪華な夕飯が出てくることなど滅多にない。
記念日や、大きな収入が入った時くらいだ。
前にも、こんな感じのご馳走が冷蔵庫に詰められてたっけと銀時は思い出す。

『ねえ銀時、覚えてる? もうすぐ私の誕生日だよ』

ウンウン覚えてますよもちろん、そう適当に返事したものの、
夫婦ではないが一緒に暮らしている気楽さ、そして多少怠惰になっても許してくれるだろうという甘えもあってか、
それほど重要視しておらず、というよりも自分が恋人の誕生日を祝うという気恥ずかしさに尻がモゾモゾとしてしまい、
あろうことか誕生日当日、すぐ帰ればいいかとタダ酒につられてひょいと吉原に行き、泥酔して結局朝帰りした事があった。

さすがにあれは最低だった。反省した。酷いことをしたと。
名前はずっと待ってたんだぞと神楽と新八に殴られ、蹴られ、
土下座して名前に許しを乞うた。許してくれると確信しての行為だ。
結局、名前は「ほんと信じらんない」と言うだけで銀時を責めることはなかった。
昨日から用意されていた名前の誕生日のご馳走は、神楽や新八が名前の為に作ったもので、
残しておいてくれた銀時の分を朝からみんなで分けて食べた。名前はそれを美味しいと笑って食べていた。
そういえば、誕生日プレゼントすら渡していない。

そんな銀時のせいで台無しになってしまった名前の誕生日はすでに数ヶ月前に終わっている。
ならこのご馳走はなんなのだ。
銀時はイチゴ牛乳のパックを片手に持ったまま、まじまじと考え込む。
昨日、名前とした会話にヒントはないかと脳をフル回転させた。
おぼろげに思い出せたのは、出かける際に掛けられた言葉だった。

『銀時、今夜は家に居る?』
『居んじゃね? 多分。なんだよ夜に何かあんのか?』

銀時の言葉に、名前は小さな溜息を吐き少し寂しげに微笑んでいた。
夜、必ず家に居ると約束をしたわけではない。
だから連絡もしなかったのは何だが、朝帰りしても問題ないはずだ。
ひとつ屋根の下で暮らしているのだ。帰る場所は名前の元。
だから自分は名前のことを想ってる。記念日だなんだと祝うのも悪くないが、一番大事なのは平穏な日常じゃないのか。
名前だってわかってるだろう。いつもそう自分自身に言い訳してきた。

ふと、銀時はあることに思い当たり目を見開く。
秋。自分の誕生日が過ぎた今くらいの頃。数年前の真っ赤な顔をした名前の表情を思い出す。

「……昨日は俺達が付き合いだした日か」

確信を得る為に、銀時はカレンダーに目をやり、あれ、と首を傾げた。
壁にかかってる日めくりカレンダーは、昨日の日付のままだった。
昨日、神楽は友達の家へ泊まりに行っている。名前は毎朝、誰もカレンダーをめくっていないと、ゆっくり丁寧にカレンダーを破っている筈だ。
なのにそれが破られていないということは、朝、名前は万事屋にいなかったのか。それともただ、めくり忘れているだけか。



とりあえずイチゴ牛乳を飲もうと、コップを取るため銀時は食器棚を空けた。
しかし数秒食器棚を見つめ、また首を傾げる。どこかおかしかった。
何度見直しても、瞼を擦ってみても、茶碗の数が足りないのだ。ひとつ、薄いピンク色した名前の茶碗が見当たらない。水切りカゴの中にも無い。
湯飲みも箸も無かった。歯ブラシも。和室に駆け込む。着物がない。下着も、化粧品も、名前のものが全て無くなっていた。

「おいおい、これはちょっと冗談キツいんじゃないの……」

いつもそこに居て当たり前だった名前の存在が、銀時の前から消えようとしている。
平穏な日常が、今まさに壊れかけている。
勢い良く玄関を飛び出した。けれど名前が行きそうな場所など知らないことに気付く。
最近二人でどこか出かけたことなんて、近所のスーパーくらいだ。
一緒にデートに言ったことなんて、何年も前のことだ。しかも数えるほどしかない。
たまにはデート行こうよーと誘う名前に「俺は留守を守っとくから一人で行ってこい」なんて冗談交じりに返してるうちに、
名前は段々とそういうことを言わなくなってきた気がする。



「ババア!! 名前が消えた!!!」

お登勢なら名前の居場所を知ってるかもしれないと、銀時は一階のスナックお登勢に駆け込んだ。
すると視線の先に、いつもの愛想の無い鋭い表情で煙草を銜えるお登勢と、カウンター席に静かに腰掛ける名前が居て、
銀時は安堵の余り文字通りへなへなと床に膝を折りそうになった。

「名前……」
「やっときた」

嬉しそうな、そうでなさそうな、こんな複雑な笑みを浮かべる女だったかと、銀時は目を見張る。

「昨日は悪かった。それで、あのよ……お前さんの荷物が全部消えちまってんだけど、一体どういうこと?」
「どういうことって、そういうことよ。見たまま、感じたままで間違ってないよ。私、銀時と別れて万事屋出てくから」
「なっ! そ、そりゃあちょっといきなりすぎでしょ名前ちゃん」
「そうかな。ずっと考えてたよ私」

足元には、名前が万事屋に越してきた時に名前の荷物をぎゅうぎゅうに詰めて持ってきていたボストンバッグがあった。
あの中に、二人の数年間を捨てて自分だけの荷物を持って出て行こうとしている。銀時の背中を冷や汗が伝った。

「ずっとって、なんで言わねぇんだ。不満があんならその都度言ってくれりゃいいだろ」
「言ったって何も変わらないじゃない。ていうか、銀時だけのせいじゃないよ。私があんたに期待するのに疲れただけだから」

これ、と名前が席を立ち、銀時に鍵を返そうとする。
名前の手は、懸命にどうしても震えてしまう心の揺れを誤魔化そうとするかのように、妙にしっかりと鍵を握り締めていた。
馬鹿じゃねえの。俺と別れるとか、んな面白くねえ冗談なんざ勘弁してくれよ。
一度、銀時は首を横に振る。
鍵ひとつ返すのにこれほど辛そうな顔をして、それで銀時がああそうですかと鍵を受け取るとでも思っているのか。
そう思いながら銀時はじっと名前を見つめ続けた。
名前は真っ直ぐに銀時を見つめ返してくる。固い意志の灯った瞳。ああ、名前が好きだと強く思う。
手放すなんて、できそうにない。銀時はぎゅっと唇を引き締める。

「悪いババア、荷物後で取りにくっから置いといてくれ」

そう言って、鍵を受け取る代わりに名前の身体をひょいと肩に担ぎ上げた。
何するの! という名前の抗議の声は聴こえないフリをして、脚をばたつかせて抵抗する名前を落とさないよう銀時はスナックお登勢を出て足早に階段を登る。
万事屋の玄関に到着すると、ようやく銀時は名前を降ろした。
名前は無言だ。抱き寄せようとすると首を振ってするりと逃げられる。
掴んだままの手首だけは離すまいと、痛くない程度に力をこめた。

「悪かった名前。マジで今日から心入れ替えっから、出てくのだけはやめろって。な?」
「……お互い疲れるだけだと思うけど」
「なあ、名前は俺のこと好きだから、だから疲れちまったんだろ? ろくにテメーの彼女構いもしねーでいる俺に、期待して裏切られてばっかでイヤになったんだろ」

銀時が掴んで離さない手首に視線を落としつつ、名前は微かに頷いた。

「ならこれからはもーちっと俺が気ィつけりゃいいってことだな。楽勝楽勝、任しとけ」
「できないくせに。面倒なんでしょそういうの」
「できるさ。ちょろいもんだって。面倒だろーがなんだろーが喜んでしてやるよ。出てかれるより百倍いい」
「もっと早くそういう言葉が欲しかったな」
「悪い。でも俺ァ決してオメーさんのこと想ってなかったわけじゃねぇよ」

そういいながら、銀時は名前の頬にできるだけそっと触れた。
銀時が触れるなり、その指を名前の涙が濡らす。

「……空しかった。惨めだった。銀時が、帰ってくるかも、って期待して待ってて、でも結局、あんたはいつも帰ってこない、私の存在なんて、結局その程度なんだって、」

涙声で途切れ途切れに唇を震わせながら紡がれる名前の悲痛さの滲む言葉に、どれだけ自分が名前を傷つけていたか知る。
後悔しかない。銀時の胸が鋭い刃で抉られるかのように痛んだ。
けれど、名前はもっと長い間痛みを抱えてきたのだろう。

「も、これ以上、悲しくなりたくなかった、出てったら楽になれるかもって、銀時は、私と何のためにいるんだろって、考えてもわからなくて……、っ」
「名前のこと愛してるからに決まってんだろ」

銀時の言葉に瞳を大きく開いた名前に優しく微笑みかけ、銀時はゆっくりと名前を抱き寄せる。
もう、抵抗も逃げられもしなかった。
この気持ちが伝わるようにと願いながら、銀時は名前のやわらかな唇に慎重に口付ける。
触れた先から、じんと痺れるように愛しさが広がった。涙腺が緩みそうになるくらい気持ちが昂ぶる。
名前のことが大事で大事でしかたがない。
けれどそれを伝えることを怠ってしまったせいでこんなことになってしまったが、まだ遅くない筈だ。
こんな、触れあっただけで胸が苦しくなるような口付けができる内は。

「………お登勢さんのところの私の荷物、」
「…………名前」
「持って帰ってきてくれる? 私、その間に昨日のご飯あっため直しておくから」

銀時を見上げ、涙を流した赤い目で名前が笑う。
ああ、と銀時も笑って頷くと、もう一度名前を強く強く抱きしめた。




□銀さんに放ったらかしにされてたヒロインがついに万事屋を出て行ったのを見てすごい焦る銀さんの切甘

もちのさんからいただきましたこちらのリクエストで書かせていただきました!
ひゃー、切甘になっておりますかね!?
書きたかったことを詰め込み詰め込み、いつも甘いものしか書いていないのでとても新鮮で楽しかったです。
素敵なリクエスト、どうもありがとうございました!

2015/10/22
いがぐり

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