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企画
君を取り戻した放課後(藤)
教室から一歩出るなりバッと集まる女子の視線を、藤は慣れきった態度でバッサリ無視して歩き出した。
しかし視線を向けていた女子達の中の一人が、真っ赤な顔をして勇気を奮い立たせた様子で藤に話しかけてくる。

「…あっ、あのっ、藤くん、ちょっといい?」
「急いでるから、話あんならここでして」
「ここじゃちょっと…」
「わりーけど、好きだとか付き合ってとかいう話なら聞きたくねーから」

ピシャリと容赦無く気持ちを遮られた女子は、涙を浮かべながら走り去っていった。
それを見送る藤の心には罪悪感など浮かばない。

「藤くん…女の子にはもう少しマイルドに接したら…?」

中学からの同級生である明日葉が呆れ顔で藤に注意するも、あいつらウゼェんだもんと藤はちっとも反省していない。
中学時代の藤と比べ、どこか女子に冷たくなったのは、彼の隣にいつも居た長い髪の彼女が居ないことと関係があるのだろうと明日葉は想像する。
同じ高校を受験しないと聞いたときから、仲が良かった二人の間は見えない溝ができてしまったように感じていた。
今は仲良くやってるんだろうか。

「苗字さんは元気なの?高校違うから僕全然会ってないなあ」
「さあ。俺も会ってねーからな。っつーか卒業ん時別れたきりだし」
「ええええっ!?」
「つまんねー口喧嘩してさ、ぽろっと“別れるか”って言っちまったんだ。そしたら名前も“わかった”って。あっさりしてんだろ」
「信じられないよ…あんなに仲良かったのに」

明日葉の言葉に、藤は遠い目をして何の言葉も返すことなくどこか寂しげに微笑むだけだった。


春休みが間近に迫ってきているというのに、まだまだ寒い通学路を一人歩きながら、藤はぼうっと名前のことについて考えていた。
名前のことを思い出そうとすると、常中の制服で明るく笑う、一番楽しかった頃の姿ばかり思い浮かぶ。
卒業証書を持ち、冷たい顔で「さよなら」と背を向けて走り去った名前の顔は軽く頭を振って頭から追い出した。
ひたすら朗らかに笑って藤の横に立つ名前を思い出す。
…あの頃は楽しかった。受験がはじまるまでは本当にうまくいっていたのに。

『別れるか』
『わかった』

売り言葉に買い言葉。
幼い恋を終わらせてしまったのは自分だというのに、どうしてこうも後悔しているのか。

毎日つまんねーな。

公園のベンチに座り、空を仰ぎながらぽつりと心の中で呟く。
新しくはじめたバイトも、高校生活も、新鮮さが薄れればあとはただ同じようなことの繰り返しで、ただぼうっと言われたことをこなす日々に飽きていた。

「…藤くん!」

そう声を掛けられた時、もやのかかった思考がサッとクリアになった気がした。
今でも耳に愛しい、この声は…。
藤は声のした方を振り返ると、そこには見慣れない制服を着た記憶より少しだけ大人びた名前がそこに居た。

「ひさしぶりだねー」

名前は遠慮がちに微笑みながら小さく手を振る。
別れてから一年近く会っていなかったのだ、話しかけるのも勇気が要ったのだろう。
藤の、目を見開いて、どう反応していいのかわからないというような表情を見て名前は迷惑だったかなと上げていた手をさっと引っ込め、えへへと作り笑いを貼り付ける。
そんな名前に少し悲しくなりながら「座れよ」と言うと、名前ははにかみながら藤の隣に腰を下ろした。
しばらく二人、黙ったまま緊張を顔に張り付かせていた。

「名前、…元気だったか?」
「あー、うん、おかげさまで、そこそこ」
「そか」
「うん、藤くんは元気だった?」
「まあ、フツーに」
「それはよかった」
「………マジで久々、だよな」
「あはは、緊張しちゃうね」

別れる間際は喧嘩ばかりの日々だった。
違う環境へ別々に踏み出すことへの焦りと不安を、あの時の自分達は言葉にするのすら難しく、特に理由の無い小さなどうでもいいことで八つ当たりしたりされたりと、もう疲れ果てていた。
最後には互いの気持ちすらわからなくなっていた。
しかしこうして一度離れてから再会してみると、その頃に持ったドロドロの感情は月日と共に浄化され、純粋な恋心しか残っていないことに気づく。

もう一度やり直したい、そんなことを名前に告げたらどう思うだろう。
女子に八つ当たりするような小さな器の男のことなんて、もう忘れているに決まってる。
それどころか、嫌われててもおかしくない。

「藤くん?」

目の前で沈んだ表情になった藤を見て、名前は不安そうに顔を曇らせる。
気軽に声をかけて図々しかったかなと、名前は唇を噛んだ。
名前のその顔は、喧嘩をした時によく見た表情で、藤はそれを見て、思いのほか胸がずきりと痛むのを感じた。
名前と別れて、ずっと気持ちに踏ん切りがついていなかった。
名前なら無条件に自分のことを許してくれると思っていた。
別れると言っても突っぱねてくれると思っていた。
離れるなんて思っていなかった。壊れるはずがないと、信じたかった。

「んな顔すんなよ…悪かった」
「藤くん、どうして謝るの?」
「…色々」

少し照れたように呟いた藤を見て、名前はふわりと笑った。
こんな笑顔を見るのはずいぶんと久しぶりだ。
昔のように抱き寄せて、キスをして、好きだと囁けばこいつはどんな顔するんだろうと、藤は締め付けられるように苦しい胸に手を当てる。

「藤くんの載ってる雑誌、いつも見てるよ」
「別人みてーだろ、俺」
「自分がこんなイケメンと付き合ってただなんて信じられない気分になったよ」
「俺は俺で、何にも変わってねーぜ」
「かっこよくなったよ。背も伸びたし」
「名前だって、背が…伸びてねーな。チビのまんまじゃねーか、ちゃんと食ってんのか?」
「失礼な!ちょっとは伸びたもん!」

どこが、と笑いながら名前の頭に手を乗せる。
すぐに手のひらに馴染む、懐かしい感触。
ハッと気付くと、泣きそうな顔をしている名前と目が合った。

「…わりい」
「ううん、懐かしい。よくこんな風に笑ってたね私達」
「なあ名前、俺たち昔さ、何であんなに喧嘩してたんだろうな」
「わかんない。でもずっと後悔してた」
「俺も」
「もう完全に嫌われちゃったかなって」
「まさか、それは俺の方だって」

そうすることが当たり前のように、藤は手のひらで名前の前髪をかきあげ、唇を額に押し当てた。
滑らかな額にこつりと自分の額を重ね、今度は唇を重ねる。
一度、二度、軽く重ねて離した。
二人、縋るように互いの身体に手を伸ばし、かたく抱きしめあう。
強く、もう離さないというように、きつく。
名前の涙が藤の制服に染みをつくった。ずずっと鼻をすする音。

「なあ、もっかい俺と付き合って」
「…うん」

こくこくと何度も頷く名前の頭を胸に抱きこむ。
ようやく日常に活気を取り戻せた。
藤は名前の髪のにおいを胸に吸い込みながら喜びを噛み締めた。




梦乃様リクエスト、
別れたはずなのに実はまだ想い合っていて、偶然会ったのをきっかけにまた距離が近付いていく高校生設定の藤くんの話
でした!
藤くん、未練タラタラでしたねエヘヘ。
感情のまま傷つけあっていた中学時代に比べて、高校生になってからは少し大人になったかな?
きっとこれからは互い無しではいられないくらい甘い二人になればいいなと思ってます。
梦乃様、素敵なリクエストどうもありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いいたします♪
いがぐり

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