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企画
変化(沖田)

ある日ふと、真選組一番隊隊長である沖田は思った。

愛しい名前と枕を並べて眠り、身体を繋げ愛を確認する、そんな毎日をゆるやかに続けてきたが、そろそろ自分達も恋人よりも深い間柄になってもいいのではないかと。
そう考えると、足が勝手にある場所へ動いていた。

「つーことで役所へ行って婚姻届もらってきやした。サインお願いしてもいいですかィ」

廊下を雑巾がけしていた名前の眼前に婚姻届を持ってくる沖田に、名前は困惑する。

「本気なの? いつもの悪戯?」
「悪戯でもドッキリでもねーですぜ。この婚姻届も本物でィ」

名前の顔の前から婚姻届を離すと、沖田はそれを大事そうに懐へしまう。そして膝を折り、雑巾がけをしていた名前と視線を同じにして、整った顔に極上の笑みを浮かべた。

「雑巾かけてる時にプロポーズって」
「俺の目にゃ名前さんが持ってる雑巾だって絹のハンカチに見えらァ」
「へえ、じゃあこれで額の汗拭いてみなよ。喜んで貸すから」
「その前に俺がそれで名前の汗を拭ってやりまさァ」
「遠慮しておきます」

口調は飄々としているが、やはり若干の緊張はあるのだろうか。
沖田の額には汗が滲み、綺麗な瞳でいつになく真剣に名前を見つめてくる。

「やっぱり唐突過ぎましたかねィ」
「まあいつものことだよね。唐突なのはもう慣れっこだよ」
「……もういい加減俺のものになりなせェ。でないと強引に孕ませて籍入れるっつー強硬手段に出る」
「それ最低」

冗談でィと沖田は困ったような笑顔を浮かべた。わかってるよ、と名前が微笑む。
沖田は名前の頬に指を滑らせながら、心の全てをさらけ出すかのような表情で口を開いた。

「俺の方が年下だから頼りないと思うのは仕方ねェ。けど、食うには困らせねェし名前を一生愛して大事にするって誓う。だから―」

緊張してか、言葉が途切れた。
名前がその言葉の続きを促すように、ふわりと軽く沖田の唇に唇を重ねる。

「…………結婚、して下せェ」

唇に互いの吐息がかかるほど近くで、これ以上ないほど誠意を込め求婚をした沖田は、
余りの緊張からすぐに返された名前の「喜んで」という言葉が夢ではないかと頬を抓って名前に笑われた。


▽▽▽▽▽


「おーい、ちょいとそこの沖田名前さん沖田名前さん、ハタキから手を離し両手を上げてゆっくりとこちらを向きなせェ」

沖田の言葉を無視し、掃除を続行する名前の口に、後ろから強引にマスクがかけられた。

「ホコリでも吸い込んだらどうすんでィ。それにアンタはどーしてこうも動き回りたがるんだか」
「それは妊娠中とはいえ適度に身体を動かさないと体重が増えて難産になってしまうからです」
「いつまで女中続ける気ですかィ」
「産むまで。産休いただいたらまた復帰します」

にこ、と微笑む名前の腹部は、見てわかるほど大きく膨らんでいる。その中には沖田との子が宿っていた。

二人は結婚後も外に新居を構えることなく今までと同じように屯所で暮らしていた。
式後程なくして名前の妊娠がわかり、里帰り出産するにも遠方過ぎて帰るだけでも大変だということで、
女中頭の権田が産後の身の回りの手伝いを自ら引き受けてくれたのだ。
最初はご迷惑じゃ、と遠慮していた名前だったが、近藤も権田も太陽のような笑顔でその遠慮を遠くまで吹き飛ばしてくれた。

「程ほどにしておきなせェよ」
「うん、ありがとう総悟。でも大丈夫」
「ほんとかねえ」

そう言いながら、沖田は腹部を圧迫しないよう、ゆるく締められた帯の上から名前のお腹に手を当てる。

「オメーのかーちゃんは働き者だからねィ」

沖田の声に応えるように中で動く感触をその手に感じた。ふ、と笑みを浮かべ沖田が腰を折りそのあたりに口付ける。
折に触れてする習慣のようになってしまったこの行為だが、今回は何かいつもと違うように思えた。
それを名前に言うと、出産予定日が近いからじゃない? と返ってきたので、
そういうもんかねと、沖田は予感めいたものをとりあえず口に出すのはやめにした。

「好きでやってるのは知ってますがね、今日のところはもう終わっときなせェ」
「……ん、じゃあここの掃除が終わったら」

ね、と、どこか無理したように笑う名前の顔をじっと見つめた後、沖田が名前にかけたマスクに指を引っ掛けて伸ばし、ギリギリまで引っ張ってからその指を離す。
マスクのゴムが変な角度で伸ばされたのか、元の口元ではなく鼻のあたりにガーゼ部分が当たってしまった。
もー、と沖田のくだらない悪戯にしょうがないなあというような微笑を浮かべながら、名前はマスクの位置を直そうとする。
しかしそれより先に沖田の手によってマスクが強引に奪われた。ふう、と重く息を吐く名前に沖田の眉間が寄る。

「ホコリ、心配なんじゃなかったの?」
「いや、ちょいと邪魔だったんでね」

何か言おうとする名前の唇を自らの唇で制すると、名前の手からハタキをひょいと奪う。
息を止めたような表情をする名前ににっこり笑ってさして力を入れる様子もなくハタキの柄をポキリと折った。

「なにするの!?」
「まあまあ、怒ると胎教に悪いですぜ」
「誰が怒らせてると思ってるの! お気に入りのマイハタキだったのに!」
「勘違いだったらいくらでも謝りますがね……名前、ひょっとして産気付いねェですかい?」

沖田の言葉に、名前は目を見開く。

「あ、やっぱこれ、陣痛かな……さっきから、なんだか時々ずーんとして。でも私でも半信半疑だったのによくわかったね、総悟」

腹部に口付けた時の胎児の位置がいつもより下がっていたこと、名前の様子が時折苦しげに見えたこと、沖田の予感が現実へと結びつく。

「おい、すぐにパトカーで病院行きますぜ。サイレンガンガンに鳴らしてやらァ」
「やめて、それだけはやめて……っ、い、たたたた、」
「名前!」

沖田は陣痛の苦しさに顔をしかめる名前の肩を担いだ。


▽▽▽▽▽


「とまァ、こんな感じでお前が産まれたんでィ」
「……お父さんって昔からお母さんのこと大好きだったんだね。でも僕が聞いたのは僕の名前の由来なんだけど」
「夏休みの宿題っつーのも大変だねィ。ちったァサボりなせェ若いんだから」
「お父さんみたいなサボリ魔になるんじゃないぞって土方のおじちゃんが」
「あのクソ野郎」
「で、僕の名前の由来は?」
「今話した話の流れで考えろィ」
「無茶苦茶だ!」

ちゃぶ台に向かい合って座る沖田と沖田によく似た息子を眺め、名前は洗濯物を畳みつつ目を細めた。
お腹の中で楽しげな声に反応して、ぐるりと体勢を変える気配がする。

「名前」

沖田が近寄り、息子の時と同じように名前の腹部に唇を当てる。
顔を上げ愛しげに妻に向かって微笑むと、沖田は名前の頬にも唇にも、同じだけ愛を込めて口付けた。


4.9.13.22番の方々のリクエストをひとつにした、
結婚し子供が出来る沖田夫婦の甘甘話で妊娠中の奥さんを沖田さんが気遣ったり甘やかしたり子供を溺愛したりする話でした。
とっても楽しく書くことが出来ました。リクエストどうもありがとうございました!

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あきゅろす。
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