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企画
困った人(沖田)


あーあ、だからやめておきなせェって何度も言ったんでィ。


そう心の中で呟きながら、沖田は何もかもを見透かすかのような透明な眼差しで白い息を細長く吐きながら前方を見つめ続ける。
その視線の先には沖田の恋人の名前と、最近入ったばかりの見習い隊士が居た。

数日前、高熱に倒れたこの隊士を名前が看病した。
昨日、回復した隊士に看病の礼と世間話をされた時には、他の隊士達と同じように愛想よく受け答えしていた名前だったが、
今日も度々名前の前に姿を現し、隙あらば肩や腕に触ろうとしてくるこの隊士に、名前は笑顔を完全に消し態度を硬化させていた。

「もう身体は回復しましたよね。私に何か御用でしょうか」
「用が無くては苗字さんの前にきてはいけないのですか?」
「そうですね。困ります」
「冷たいな、あんなに優しかったのに」
「病気だったからですよ。それにあなたを特別扱いした覚えはありません」
「……でも!」
「すみません、仕事を続きをしたいので」

困惑すらすることなく、突き放すように隊士の話を遮る洗濯物を握ったままの名前の手首を、業を煮やした隊士が強引に掴む。
不快そうに顔をしかめた名前の顔を見て、沖田は隊士の腕を切り落としてやろうかと思った。
それとも名前に向かって、好きになってしまったんです、と告げた隊士の喉の奥に刀を突っ込んでやろうか。
しかしこの至近距離で刀を使ったら名前の顔や着物に汚い血がついてしまうと、沖田はクッと狂気染みた笑みを浮かべただけで実行に移すことはやめにした。
数歩ほど後ろにそんな物騒なことを考えている沖田が居ることなど気付きもせず、隊士は名前に迫り続ける。

「苗字さんが献身的に看病してくれて俺……俺、嬉しくて」
「手、痛いんで離して下さい」

凍りつくように冷たい名前の声に、隊士が悲しげな顔をしてパッと手を離す。

「看病したのはそれも私の仕事だと思ったからです。それに私には恋人が居ます」
「沖田隊長ですよね、知ってます。だけど俺はこの気持ちをもう抑えきれない」

再び名前に向かって伸ばしてきた隊士の手からその身を守るように、名前は一歩後ろへ逃げた。
それでも距離を詰めてくる隊士をキッと睨むものの、怯えるように長い睫毛を震わせて瞬きを繰り返す名前を見てようやく沖田がわざとらしく咳払いする。
名前はそれに驚きつつ振り返ると、大きな木にもたれかかって腕組をする沖田を見つけ、よかったと安心してみるみる表情が緩めていった。
一呼吸ほど遅れて、隊士も沖田の存在に気付くと、今のやり取りを聞かれてしまったことにバツの悪そうな顔をして唇を噛む。

「コソコソと二人して洗濯物の影に隠れて何やってんだと思ったら、とんだ告白現場に遭遇しちまいやしたね」
「沖田さん」

名前は助けを求めるように沖田の方へ行こうとするが、目の前の隊士にぎゅうと手首を掴まれ顔をしかめる。
隊士は沖田に向かって「沖田隊長には関係ありません」と無謀にもそうキッパリと言い放ったが、沖田に心底馬鹿にしたように鼻でふんと笑われ、カッと頭に血をのぼらせた。しかし

「関係? 無ェなんて抜かすなよ笑っちまうから。テメーが纏わりついて困らせてんのは俺の女だ。知ってるよなァ」

瞳に浮かんだ静かな怒りを隠すこともせず、沖田は隊士を殺気で威嚇してきた。
その尋常でない殺気をまともに受けた隊士が、ひ、と思わず短い悲鳴を上げる。

「名前、せっかく洗って干した洗濯物、汚しちまってもいいですかい?」
「よくないです」

名前の返事にチッと小さく舌打ちして沖田は刀にかけた手を離す。

「命拾いしやしたねィ」

そう言ってにっこりと笑った沖田の瞳の色を見て、冗談でもなんでもなく本気で命拾いしたのだと理解し、隊士の顔がみるみる青ざめていく。
背を向けて逃げ出すことすらできない圧倒的な力の前で、隊士はただカタカタと歯を鳴らし震えることしか出来なかった。
見習いとはいえ、武装警察である真選組の隊士だというにもかかわらず、立ちはだかることはおろか、睨むことすら恐ろしく、自分の上に立つこの沖田という年下の男の怒りに触れてしまったことを死ぬほど後悔した。

そんな隊士に向かって、沖田は隊士の持つ名前に対する恋心を完膚なきまでに砕くような鋭い一瞥を投げつけた後「失せろ」と短い一言を放つ。
それを合図に、隊士は振り返ることもせず洗い立ての洗濯物の入ったかごを倒してしまった事すら気付かずに一目散に沖田と名前を残し走り去っていった。



「……手首、痛みやすか」

沖田がそっと名前の手を取る。
名前の肌は色白の為、余計に目立つのだろう。力を入れて握られた手首にほんのり赤く跡が付いていた。

「痛くないよ」
「他に触られたところは?」
「ここだけ」

沖田は目を閉じて自分の唇を名前の手首に押し付けた後、だから、と優しい声で言葉を紡ぎながら名前を抱き寄せる。
さっきまでの表情とは打って変わって別人かと思うくらいに柔らかな顔で、看病なんて隊士が交代でやるから名前がする必要無いっつったってのに、と名前の耳元に囁く。

「ごめんね」

かなり強引で独りよがりの行動に出たとはいえ、自分を好いてくれた隊士にあれほどの恐怖をうえつけた沖田の今のやり方に対して、名前は何か言いたげにしていたが、結局この一言だけに留めたらしい。
すべらかな冷たい頬が同じくらい冷えている沖田の頬に当てられ、嬉しげに目を細めた沖田の首に名前の両腕が回される。

「そういえば洗濯物、洗いなおさなきゃ」

先程隊士に倒されたカゴから飛び出て土で汚れた洗濯物が目に入り、憂鬱そうに溜息を吐くと、名前は沖田に抱きついていた腕を解く。
しかし、背にまわされている沖田の腕は少しも動かず、いつまでも力を緩めてくれる気配が無い。

「助けてくれてありがとう。もうお仕事に戻って下さい」
「ひでーな、俺はもう用無しってことですかい。わざわざ助けにきてやったのになー。あーあ、泣いちまおうかなー」

わざとらしい沖田のセリフがおかしくて、名前が笑い混じりに「困ったな」と呟けば、沖田が満足そうな顔をして名前の顔を至近距離で覗き込んできた。

「そうそう、名前さんを困らせるのは俺だけでいいんでィ」





めぐみ様からいただきましたリクエストで
「内容は嫉妬もので。ちょっと鬼のように(笑)怖くなった沖田さん」でした!
最初はヒロインに対して鬼のように怖くなる話を書こうと思いましたが、こっちの方がしっくりくるかなあと、こんな感じのお話になりました。
少しでも楽しんでいただけたら幸せです。
大変お待たせいたしました!素敵なリクエストとても嬉しかったです。どうもありがとうございました!
どうかこれからもよろしくお願いいたします。


いがぐり

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