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企画
後は野となれ山となれ(藤)

放課後に職員室に呼ばれコッテリと絞られていた藤がカバンを取りに教室へ戻ってくると、誰も居ない教室に一人、机の上に突っ伏して眠っている名前が居た。
入り口を足でガラリと遠慮無しに開け放ったことを後悔すると同時に、突然の音に驚かせることにならなくてよかったと胸を撫で下ろす。
ゆっくりとその綺麗な丸い形の頭を藤は見つめながら、眠っている名前に一歩一歩忍び足で近寄っていく。
息をするのも慎重に。物音を立てたら起きてしまうかもしれない。

そういえば、と藤は名前の寝顔に視線を落としたまま、一時間ほど前のことを思い出す。
2年A組の担任である才崎美徳に帰りの挨拶の際、
「皆さん気をつけて帰るんですよ。藤くん、あなたはこれから職員室で授業中に眠っていたことについてみっちりお話を聞かせてもらいますからね!」
と言われたのだ。
それぞれが帰り支度や部活や委員の仕事やらで教室がざわめく中、面倒くせーなと舌打ちする藤に美作がダッセーとからかってくるのを適当に流したちょうどその時、
ガラリと出入り口が開き、B組のシンヤと呼ばれている髪の長い少女、鏑木真哉が今日も元気にA組へと飛び込んできた。

「名前ーっ、ゴメン委員会の仕事入っちゃった!今日一緒に帰る約束してたのに」
「そうなんだ。私でよかったらそのお仕事手伝おうか?」
「ううん、名前に悪いし」

不器用な鏑木に任される仕事といったら、だいたい力仕事の類だろうなと藤は確信に近い想像をする。
たおやかな身体をしていて、風でも吹こうものならひゃーと笑顔のまま飛んでいってしまいそうな、そんな名前に、鏑木に任されるような仕事を手伝うのは無理だ。

「じゃあ私ここで待ってるよ。宿題でもしていればすぐじゃない?」
「いいの?」
「だって新しく出たアイス、シンヤと一緒に食べるの約束楽しみにしてたんだもん」
「名前〜〜〜!」

感激するままに鏑木は名前にきゅっと抱きついた。
うらやましい…と男子の大半がこの二人に視線を送る。
藤もその中の一人だったが、内心で鏑木の馬鹿力で名前が潰されるのではないかと半分心配もしていた。
抱きしめて髪のにおいをかいでみてーな…なんて思いながら整った顔に表情を出さぬようにしていた藤だが、
「ほうほう藤、なるほどな」と美作に意味ありげな笑みを送られて眉間に深い皺を寄せた。

とまあそんな理由で、名前はずっと鏑木を待っていたのだろう。一時間も。
腕の中からちらりと見える横顔のあどけなさについつい浮かぶ笑みを噛み殺しつつ、ゆっくりと指先を名前に向かって伸ばす。
触れたいのは頬なのか髪の毛なのか、それとも小さな寝息を紡ぐ柔らかそうな唇なのか。

名前に向かって伸ばした藤の指が、ふいにきゅっと空を掴む。

「ごめんね遅くなっちゃって!名前お待たせ!」

申し訳無さそうな顔で駆け込んできた鏑木真哉に、藤は騒がしいなという気持ちを隠そうともせず、ぶすっとした顔で振り返る。

「あら、いたの藤くん。めずらしいねこんな時間まで」
「説教がクソ長かったんだよ」
「…………おはようー」

名前ののんきな声に「おはよっ名前!」と鏑木が返事する。
重たそうな瞼をごしごしと擦る名前のその仕草に藤の心臓が跳ねた。
ぼんやりと見開かれていた瞳が、藤の姿を捕らえるなりパチリと音が立ったのかと思うくらい唐突に見開かれる。

「え、え、藤くんいたの? いつから?」
「ついさっき、な」
「ううう…私よだれとか大丈夫だったかな、恥ずかしい……」
「んなモン垂らしてなかったぜ」
「そっか、よかった」

頬を林檎のように真っ赤に染め、ほわりと笑う名前に対し、藤が珍しく柔らかな笑みを見せる。
鏑木はそんな二人の顔を交互に見つめ、いかにも名案だという顔で「そうだ!私達これからアイス食べに行くんだけど藤くんも一緒においでよ!」と藤を誘う。

「はァ?このクソ寒い季節にアイスなんか食えっかよ」

返事をしたのは鏑木に向かってだというのに、名前の表情がみるみるしょんぼりしだしたので藤が“しまった!”と表情を凍らせる。

「や、違、アイスは食わねーけどジュースなら飲むぜ」
「へーえ。別に行きたくないなら来なくてもいいんだけどね」
「行くっつってんだろ怪力女」
「何よ失礼ね!あっそうだ、だったら教室の外に居る美作くんとアシタバくんの二人も誘ってみる?」

その言葉に藤が顔を引きつらせ教室の出入り口に視線を送ると、そこには隠れきれていない二人の人影。
「おい出てこい」と藤が怒りを孕んだ声を投げかけるとその人影が大きくビクリと見えている部分を大きく身震いさせた。
おそらく、藤の行動を陰から見守っていたのだろう。申し訳無さそうなアシタバとニヤニヤとからかうような笑みを浮かべた美作が、藤達の前にひょっこりと顔を出す。

「えと…ごめんね……」
「いやー、いい所を邪魔しちゃ悪いと思ってな!」

状況を把握しきれていない名前だけが「?」と不思議そうな顔をしていた。


▽▽▽▽▽


常伏町にあるアイスクリームショップ。
ここは季節ごとに限定フレーバーを出していて、女子達に大人気の店らしい。
内装も女の子向けの可愛らしいピンクやリボンで溢れかえっていて、美作やアシタバは内心居心地が悪くてたまらなかった。
一方、そんな二人の様子に気付かないくらい苗字名前は緊張していた。
ガラス張りで外が見える長細いテーブルに、横一列に並んで座っているのだが、
鏑木、名前、藤、明日葉、美作、というように並んでいるので、左利きの藤がソーダを飲む為に紙コップを取ると、毎回名前の右腕に微かに藤の左腕が触れるのだ。

「そのソーダ美味しいよね。私も前に飲んだことがあるんだ。ね、おいしかったよねシンヤ」
「苗字の場合、上にアイスも乗っけたんだろ」
「あ、わかっちゃった?藤くんもそうすればよかったのに」
「いい。この店内見てるだけで胸焼けしそうだかんな」

うんざりした顔で頭上のドピンクに描かれたリボンの絵を見る藤に、ふふっと名前が笑う。
そんな名前をからかうように、頬杖をついた藤が柔らかな笑みを浮かべながら言った。

「食うのおっせーな。溶けちまうぞ」
「食べる? はい、あーん。なんちゃって…」

冗談で言った言葉だったのだが、瞬く間に藤の頬に赤みが差した。
そんな藤の表情を見て、名前もつられて真っ赤になる。

「おい、あっちーな、この店内」

美作が明日葉の腕を小突きつつ席を立つ。

「そ、そうだね!なんだか僕、外の風に当たりたくなってきたよ」

あせあせと美作に続いて明日葉も立ち上がり、鏑木に目配せした。

「あーっ私もそろそろ行かなきゃ!藤くん、名前のことよろしく!じゃあね名前!」

風のように去っていった友達にぽかんとする名前と、三人の意図を悟り複雑そうな顔をする藤が席に残る。
二人きりになった途端、緊張の余り次の会話のきっかけが掴めず、頬を染めアイスクリームをゆっくり口に運ぶ名前をじっと見つめていた藤が、何かを決意するかのように言葉を落とした。

「やっぱそれ、食わせて」





梦乃様からいただきましたリクエストで、「藤くんが両片想いで周りがやきもきしてるお話」でした!
ああでもあんまりというか、全然やきもきしていない…あああごめんなさいごめんなさい!
しかしとても楽しく書かせていただきました。
梦乃様、素敵なリクエストをどうもありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いいたします♪
いがぐり

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