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企画
真夜中おにぎり(笹塚)

笹塚が仕事を終えて家に帰ると、そっと開けた玄関から見た家中の明かりが消されていた。
当たり前だ。真夜中なのだから。しかしその光景に一瞬、独身時代の、自分の家に寛ぎというものがまるで無かった冷えてかさついた感覚が甦り思わず身震いする。
だが玄関先にちょこんと置かれた名前の靴と、シューズボックスの上に置かれた二人で選んだ観葉植物や名前が持ってきた小物類に瞬く間に心が緩み、笹塚はほっと白い息を吐く。

寝室で寝ているであろう名前を起こさないように冷え切った廊下をゆっくり歩いていくと、小さな布ずれの音が笹塚の耳に届いた。
おやと思うと同時に寝室のドアが開く。

「衛士おかえりー……うわ、さむっ!」

オイルヒーターでゆるく温もる寝室から顔を出した名前が、廊下の寒さにヒャッと身体を縮こませる。

「ただいま。悪いな、起こしちまって」
「衛士が帰ってくるまで寝て待ってただけだから大丈夫」

そう言いながらパジャマの上にもこもこの上着を羽織り、ペタペタとスリッパの音を響かせながら寝室を出てきた名前に笹塚が首を傾げる。

「待ってたって、何で?」
「え? 衛士に会いたかっただけで理由は特に無いけど」
「……あ、そう」

さらりと言われた言葉に、思わず緩む口元を笹塚は手のひらで覆うようにして平静を装った。
こほんとわざとらしい咳払いに今度は名前の方がちょこんと可愛らしく首を傾げる。

「衛士、夜ごはん食べた?」
「一応……書類仕事の合間に缶コーヒー飲んだけど」
「それ食事じゃないよね」
「糖分あるから空腹が紛れる」

信じられない!と呆れ顔で見上げてくる名前に目を細める。

「おなか減ってないの?」
「んー…そう言われたら何となく減ってるような気もすんな」
「それなら軽く何か作っておくから、先にお風呂入ってあったまってきたら?お湯入れるよ」
「いや、シャワーだけでいい」
「わかった。じゃあ超特急でごはん用意するね」

そんなやり取りの後に、ちゅ、と軽く唇を重ねると、名前と笹塚は別々の扉を開けた。



さて。と名前はリビングダイニングの暖房をつけると、キッチンへと移動して炊飯器をぱかりと開けた。
その中のご飯を、お茶碗軽く一杯程の量を手に持ったボウルへ入れる。
そしてそのご飯と冷蔵庫から保存容器に入れた昼間甘辛く煮た切り昆布の佃煮を使い、小さなサイズのおにぎりを二つ握った。
保存容器を冷蔵庫へと戻した時、次の日に煮物にでも使おうかなと思っていた、昆布を水に浸した時に出来た出汁が目に留まる。
んー、と少しだけ考えると、それを小鍋にあけて火をつけ味噌を溶き、豆腐を入れて細かく刻んだネギを散らし味噌汁を作った。
ここまで作ると、出汁巻き卵やほうれん草の胡麻和え、なんてものまで添えたくなってくる。

……いっそのこと鮭も焼く?

少し悩んだ後、いやいやこのメニュー全然軽いものじゃないよね!と自分で自分に突っ込みを入れた。

名前と違い、笹塚は食事のことにこれといったこだわりはない。食欲すらあるのだか無いのだか。
きっと作れば無表情で全て食べてくれるだろうが、強引に満腹にさせても嬉しくない。
適度に満たされたお腹でぐっすり眠ってくれればいい。

出汁巻き卵とほうれん草の胡麻和えと鮭は朝食に作ろう、うん。

一人うんうんと頷きながら、味噌汁からふわりと立ち昇る食欲をそそる香りに、真夜中特有の抗えない空腹感が名前を襲う。
そんな名前の背中に、この真冬にパジャマのみの風呂上りで熱い笹塚の身体が覆い被さってきた。

「……なんかうまそうな匂いがすんな」

「お味噌汁飲む?」「飲む」そう即答し名前の唇にシャワーを浴びて温度の高くなった唇を押し当てる。
目を閉じた名前の頬を、笹塚の前髪から垂れた雫がぽたりと落ちて名前がパチリと目を見開いた。

「衛士、また髪の毛ちゃんと拭いてない」
「そのうち乾くだろ」

名前は「だめです」と言って笹塚が首に巻きつけてきたタオルを使い、背伸びして頭をガシガシ強引に拭いてくる。
笹塚はその間、緩んだ表情でその唇を名前の額や鼻先や唇に押し当てるが、その度に「やりにくい!」と怒られる。けれどもやめない。
髪の毛がぐちゃぐちゃになった姿を見て声を上げて笑う名前を笹塚は強く抱きしめた。



「はい、どうぞ」と椅子に座った笹塚の前に置かれた、湯気の立つお握りと味噌汁と玄米茶に笹塚が目を細める。

「いただきます」
「ゆっくり召しあがって下さいな」

笹塚はまずお椀に口を付け味噌汁を飲んだ。
名前は向かい側に座って微笑んでいる。
具が豆腐とネギだけのシンプルな味噌汁だが、しみじみとこみ上げる美味しさがある。
小ぶりのお握りは、上から納めきれなかったらしい昆布がぴょんぴょん飛び出ている微笑ましい出来だったが、
市販の味の濃い昆布の佃煮とは違い、名前の作ったものは柔らかくて優しい味がした。
名前は何も聞かず、ただ笹塚が食事するところを静かに見守っている。
笹塚も黙ったままでこの心地よい空気の中、愛情こもった食事を米一粒も残さず胃に納めた。

「ごちそうさま」
「おそまつさまでした」

自分が何か言えば、すぐに柔らかな言葉が返ってくる。
それがこんなに心を満たしてくれるものなのだと、笹塚は名前と出会って思い出せた。
笹塚の心を深く抉った過去の出来事は一生かかっても忘れられないだろう。
しかし別の方向から確かに癒してくれるものもある。

「私、これ片付けたら寝るけど衛士はどうするの?少し休んでから寝る?」

食器をシンクへ運ぶのを手伝いながら、笹塚は「寝る。名前と一緒に」と食器を持たない方の手で名前の髪の毛をすくう。

「じゃあ歯磨きしたら髪の毛ドライヤーで乾かしてきてね。じゃないとベッドに入れてあげないんだから」
「……了解」

コトンとシンクに食器を置くと同時にまた名前と軽く口付けを交わすと、歯磨きとドライヤーの為に急いで洗面所へ向かう笹塚だった。





リリー様からいただきましたリクエスト“おいしい料理(食べ物)が出てくる笹塚さんのお話”でした!
色々と手間をかけたお料理、というのも考えたのですが、こんな感じに食事をする風景も書きたいなあと。
笹塚さんとご飯を食べるシーンはまだまだこれからも書く機会がたくさんありますからねウフフフフ。
素敵なリクエスト、とても嬉しかったです!!
リリーさん、どうもありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします♪
いがぐり

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あきゅろす。
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