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企画
音の無い部屋で(3Z土方)

「……ども、苗字さん」
「あら土方くん、こんにちは」

図書室のカウンターの中で旧式の図書カードを整頓していたこの銀魂高校の図書室の司書教諭である名前が、土方の姿に気付くなり顔を上げて静かに微笑む。
もう間もなく下校時刻になる図書室には、土方と名前以外誰も居ない。

「風紀委員のお仕事も大変ね」
「そうでもないです」

大量の本に音が吸収されているのかと錯覚しそうになるくらい、室内は何の音もしない。
しかし、名前の手元でそっとめくられる図書カードの音と、名前の息遣い、そして自分自身の心臓の音をリアルに感じ土方は緊張する。

「土方くんが頻繁に見回りに来てくれるようになったおかげで、書架の影でイチャイチャする子達が減ったわ。ありがとう」

図書室に来てくれるのは嬉しいんだけど、他の生徒さんが困っちゃうものねー、と名前がのんびりとした口調で笑う。
トントンと図書カードを揃えて所定の位置へと戻すと、肩の少し下あたりの位置のゆるくウエーブのかかった髪を揺らし名前が静かに立ち上がった。

年齢は土方より上だが、背丈は一般女性の平均ぐらいだ。
華奢な体型に華美ではないが上品な服を纏った名前は、近寄るとふんわりと甘い香りがする。
同級生とは違う、正真正銘の大人の女性だ。

多くの学校では、図書室での仕事をする司書教諭は免許を持った教員が自分の教科の他にやる兼任だったりもするらしいが、
ここ銀魂高校の図書室には専任司書教諭である名前が居る。
もちろん、名前は教員免許も持っているが、授業を受け持っているわけではないので先生とは呼ばれていない。
そんなことから、名前は生徒達から親しみをこめて司書さんと呼ばれたり苗字さんと呼ばれたりしている。
呼ばれる度、名前はのんびりとした声で、はーい、と自然な笑顔で返事をするのだった。
顔、表情、雰囲気、性格。土方は自分が名前の何に惹かれたのかわからない。
けれども名前に強く焦がれているのだけはわかる。
風紀委員の見廻り、という理由を付け不自然にならない程度に図書室へ顔を見せていた。

ブックトラックと呼ばれる返却された本をずっしり乗せたものに手をかけた名前に、土方が思わず「俺が」と押し手に自分の手を伸ばした時、
土方の手と名前の手が微かに触れ合った。

「……っ、すんません」

頬に熱を走らせる土方と同じように、名前も微かに頬を染め「謝らないで」とふわりと笑う。

「手伝います」
「いいの?」

嬉しそうに見えるのは自分の願望交じりの目で見ているからか?と土方は考える。
しかしにこにこと嬉しげに名前が微笑む姿は、決して土方の気のせいなんかじゃなかった。
胸を高鳴らせながら、しかし顔は平静を装い名前に向かって小さく頷くと、土方はブックトラックを慎重に発車させた。
土方のすぐ横にはゆっくりした歩調で進む名前。

まるで一緒に食料品を買いに来た恋人、いや新婚のようじゃないか。なんて考えてんだろィ見なせェあのニヤケ面。

ちげーだろ、ベビーカー押してる妄想してんだって。恐ろしいよ思春期の飛躍した妄想ってのは。

ちょっと!先生、沖田くん、あんまり大声だしてると土方くんに気付かれますよ!

オイ新八、オメーが一番大声出してんじゃねーか。

「あれ、今どこかから声が聞こえなかった?」
「…………気のせいだと思いますよ」

名前に愛想笑いを向けた後、ぐるんと振り返る。
そこには出入り口を顔幅ぶんだけ開け、縦に串刺しになった団子のように並んで中を覗いていた銀八、沖田、新八が居た。
ニヤニヤ顔で土方を見る銀八と沖田を、ギロリと鋭い眼光で土方が睨みつけるものの、すぐに「土方くん、こっちこっち」と声を掛けられハッと前を向く。

土方は名前に手招きされるまま、普段はあまり入ることの無い資料室へと足を踏み入れた。
少し狭く感じるのは、棚一杯に並んだ大型の美術史だったり専門的な書籍が並んでいる圧迫感のせいだろうか。
名前はどこに何を収めればいいか熟知しているらしく、すいすいと手馴れた様子でブックトラックの上の本を書架へと収めていく。
重たいドアがガシャリと閉められた図書室の中の資料室は、他に出口のない二人きりの密室だ。

「図書室も静かだけど、ここは特別に静かでしょ」
「そうっすね。なんつーか、時が止まってるみたいな……」

そこまで言って、土方は今の言葉は少々自分らしくない言葉だったかもと少し苦笑いする。
名前はそんな土方をからかったりする様子は見せず、ただ少し表情を緩め「私もそう思うよ」と小さな声で言った。
司書教諭と生徒、この立場の差にもどかしさを感じつつ、しかし踏み出せる勇気も無いまま名前に想いを寄せていた土方だが、
近頃の名前は、なんだか少し様子が違うように感じていた。
まるで自分と同じように、言葉を交わすことに幸せを噛み締め、触れ合う手と手に熱を感じているように見える。

「苗字さんは時が止まればいいのにと思ったこと、ありますか」
「……あるよ。好きな人と二人きりの時とか」

曖昧に土方から視線を逸らし次の本を求め伸ばした名前の手を、土方はじいっと見つめる。
次の本、次の本、収めるべき本は次々とブックトラックから無くなっていく。
最後の本を取ろうとした名前の手を、土方はとうとう握った。
小さく息を飲んだのは、名前なのか土方なのか。

「俺は今止まって欲しい」

絡み合う視線は握り合う手のひら以上に熱く、少しでも名前が土方に身体を寄せたらがむしゃらに強く抱きしめようと思った。しかし

「……でも私はそうは思わない」

名前の返事に、真っ直ぐ名前を見つめていた土方の瞳が揺らいだ。
だけどもすぐに次の言葉が続けられる。

「だって私は土方くんに早く大人になって欲しいもの」

音の無い資料室にその言葉だけが妙にくっきりと響いた。





10分後、ちっとも資料室から出てくる気配のない土方に銀八沖田新八は顔を見合わせていた。

「オイどうするよ、あいつら出てこねーじゃん」
「マヨヤローが苗字さん押し倒してんじゃないですかィ?今ごろヌルヌルヌルヌルしてらァ」
「そそそそれはないでしょう!ここ学校ですよ!」
「バカヤロー、学校だから燃えるんじゃねェか!」
「近藤さんに言いつけたら俺が次の風紀委員会の副委員長になれやすかね」
「まず証拠だ。俺がまずドアの前で聞き耳を立てるから、俺の合図でオメーら踏み込め」
「もう放っておいてあげましょうよ…」



めでたしめでたし?

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というわけで、もぐ子様リクエスト
「3Z設定の土方くん。図書室の司書ヒロインとの会話に内心いちいちトキメイテル所を陰から見てゲラゲラ冷やかしてる坂田沖田新八」
でした!
いやー、3Zの小説は最初のものしか持って居ないので、もしかしたらおかしなところがあるかもしれません。もし変なところがあったらごめんなさい!
でもすごくノリノリで書かせていただきました。
純情な土方さんも…楽しいですね…ふふふ。
新たな世界を教えてくださってどうもありがとうございました!
そして素敵なリクエストも、とても嬉しかったです♪
これからも青と緑をどうぞよろしくお願いいたしますね。

いがぐり

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