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企画
ゆるやかなる侵食 (笹塚)

今日は仕事が早く終わったらデートをしようという約束だった。
立て込んだ仕事も無く、涙目で書類仕事手伝って下さいとすがり付いてくる石垣を無視し「早く上がるから」と名前に電話をかけたのは十分前のこと。
そっちまで迎えに行くね、と携帯電話越しにも伝わってくるほど嬉しげに弾んだ名前の声が笹塚の耳に残ったままで、知らず口元が緩んでしまう。

笹塚は電話を終えてすぐにロビーへと向かったが、すぐに着くと言っていたにもかかわらず、名前は全然現れる様子がない。
ロビーのベンチでせわしなく行き交う人達をその瞳にうつしながら、笹塚はぼうっと待ち続けた。
電話をかけた時はすぐ近くで買い物をしていたらしいので、きっと笹塚がこんなすぐに仕事が終わったなんて思わずにまだふらりとどこかの店を覗いているのだろう。
いつも名前を待たせてしまっていることを思えば待つことなど何とも思わない。
しかし携帯電話は何度鳴らしても通じることは無く、口寂しくなった笹塚は携帯をポケットへしまうとのそりと立ち上がり煙草でも吸いに行くかと喫煙室へ向かった。

「わ、すごい、パソコンってこんなことできるんだ!」
「そんじゃそこらのパソコンじゃ無理だけどね。ここのパソコンで俺が組んだプログラムだからここまでできちゃうってワケ」
「匪口くんって若いのに凄いなー」
「頭脳に若さとか関係ないっしょ」

楽しそうな会話が情報犯罪課の部屋から洩れ聞こえ、喫煙室へ向かっていた笹塚の足が止まる。
まさか、とひょこりと部屋を覗けば、名前が匪口の座る椅子へ腕を乗せ、背中から覆い被さるかのように匪口の操るパソコンを目をキラキラさせて見つめていた。
匪口の得意げに笑みを浮かべるその表情に、男の闘争心が妙に刺激される。

「…………」

のそりと部屋に入ってきた笹塚の存在に気付いた匪口が一瞬だけ瞳を大きくさせる。
意味ありげな眼差しで笹塚をゆっくりと見つめ、笑みを濃くした。

「苗字さん、彼氏がきたみたいだよ」
「あれっ衛士、早かったね!」

早かったねじゃねーよ、と笹塚が名前を見つけることができた安堵を感じると同時に肝心の本人ののんきな態度に脱力する。
どうやら笹塚がロビーにつく前にすでに名前がついていたらしい。
携帯電話もご丁寧にマナーモードにして。

「匪口くんて凄いんだね、びっくりしちゃった」
「……お前ら知り合いだったっけ?」
「ん? 弥子ちゃんの事務所でよく会ってるよ。ね、匪口くん」
「そーそー」
「ああ、なるほど」

桂木弥子の事務所には匪口も名前もよく顔を出している。顔見知りになっていてもおかしくない。

「ありがとね匪口くん、楽しかった」
「また来てよ。苗字さんだったら大歓迎だからさ」

匪口くんてば、と無防備すぎるほど柔らかく微笑む名前の腰を抱くようにして「じゃあ」と笹塚が無表情で強引に歩き出す。
そんな笹塚の行動に驚きつつ、名前は「またね」と匪口に手を振ってもたついた足取りで部屋を去っていった。
残された匪口は、めっずらしいモン見ちゃった、と愉快そうに口角を上げながら今起こった出来事を弥子へ知らせる為に携帯を手に取った。



▽▽▽▽▽


「衛士?」
「なに」
「どうしたの」

警視庁を出ても腰に回された腕はそのままだった。
普段は名前から手を繋いだり腕を組んだりしているので、笹塚から触れてくるなんて珍しい。
名前のどうしたのという質問に口を開くことは無く、更に腰を引き寄せてくる。

「わかった、お腹が空いたんだね。ごめんねいつもみたいにもうちょっと遅いのかと思って。ロビーで待ってるのも退屈だったから」
「別に気にしてねーよ」

その言葉に、名前は首をひねりながら笹塚の顔をまじまじと観察する。
気にしてない、という割に今日の笹塚の行動はどこかおかしかった。
何か変だぞ? 首をちょこんと右に傾け考えた。涙袋に長いまつげが影を落とす。
そしてさして時間もかからず、笹塚のわかりにくいようでわかりやすい態度にピンときた。
きっとそうに違いないと満面の笑みを浮かべながら口を開く。

「そっか。やきもちだ」
「さあ」
「いやいや、私と匪口くんが仲良くしててやきもちやいたんでしょ、そうでしょ」

ね、ね、と嬉しそうに顔を覗き込んでくる名前に笹塚が「かもな」とだけ返す。
曖昧な言葉だが、そのほんの僅かな、名前だけにわかる笹塚の表情の変化は名前の指摘を肯定しているも同然だった。

「衛士がやきもち! めずらしい!」
「……そんなに珍しいか?」
「珍しい、っていうか初めてじゃない?」
「俺いっつも妬いてるけど」

名前の瞳を覗き込みながら大真面目に言い放つ笹塚に、名前は「誰に」とぽかんとした顔で首を傾げる。

「弥子ちゃんの事務所行くといるだろ、アイツが」
「ああ脳噛さんかあ。えー、でも別に普通にお喋りするくらいだけど」
「名前の職場の男にも」
「はじめて聞いた」
「知らなかった?」
「今の今まで」

心底意外そうな顔の名前に向かって笹塚がゆるく笑う。

「自分でも知らなかったけど、俺って嫉妬深いみたいだな」
「どうしよう衛士がこんなこと言うなんて! 仕事のしすぎで壊れちゃった!」
「俺のこと壊したのは仕事じゃなくて名前じゃねーか」

気だるげに、呼吸なのか溜息なのかわからないような息を吐きながら笹塚が自分の前髪をかき上げる。

「私が衛士を壊しちゃったの?」
「そう」
「えーと、ごめんね」
「何で謝んの」
「衛士の中の何かを壊しちゃったなら悪かったかなあって」

家族の仇を、いつかこの手でと思っていた。
その為ならこの身がどうなろうと関係ないと。
名前とは、軽い気持ちでほんのひととき心と身体を開放する目的で付き合いはじめた。
というのに今の自分は、名前のことを何より大事に思い、名前の為に生きていきたいと思っている。
名前には何も話していない。
女性の第六感なのだろうか、今笹塚を見つめてくる水面のような綺麗な瞳は何もかもを見透かしているようにも見える。

「いや、悪くない。………ありがとな、名前」

家族のように名前を失うことがあったら、今度こそ自分は心を亡くし復讐に狂う腐りきった屍となるのだろう。
名前と一緒だと、自分は人間のままでいられるのだ。
心の奥底に居る獰猛な獣は磨いた牙を使うことなく眠りについたまま。

「お礼を言われるようなことしてないよ?」
「いいんだ。名前が傍に居てくれるだけで」
「やっぱり衛士、何か変!」

わけがわからない、と眉を寄せる名前を見て「だから名前のせいだって」と、からかうように笹塚が笑った。






宇佐見様からのリクエストの笹塚さんでした!
大人な恋愛がお好きということでしたが…お、大人なのかこれは!?
宇佐見さんといえば匪口くん、ということで匪口さんも絡めてみましたが、匪口さんのイメージがおかしかったらごめんなさい!
ではでは、リクエスト本当にありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
いがぐり

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