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企画
ひと目会ったその日から (沖田と年上女中さん)

パトカーでの見回り中、煙草を買いに車を降りた土方を待つ間沖田は運転席に座りハンドルに足を掛け目を閉じていた。
土方が車を降りた時、沖田はこのまま土方を置いて屯所へ帰ってやろうかと考えた。
しかしそれよりも扉をロックして車に乗れないようにして、乗りたかったら土下座しろィなんて薄笑いを浮かべながら土方をからかう方が楽しそうだと思い、退屈だが待ってやることにしたのだった。
それにしても帰ってくるのが遅い。
どこの自販機まで買いにいってんだか、と沖田が形の良い唇から細く長い溜息を吐いていると、運転席の窓が控え目にコンコンと叩かれた。
見ると、さらりと肩にかかる綺麗な髪を揺らした美人が居る。
意志の強そうな瞳が少し曇っているところを見ると、何かお困りらしい。

「何かあったんですかィ?」

窓を開けると、女は嬉しそうにはにかんだ表情を浮かべ、声が通りやすいよう身を少しかがめてきた。
沖田はそんな女の仕草に内心ドキリとする。
長いまつげ。透き通るような肌。決して華やかではないが、静かに開く花のような美しさを感じた。

「この車って真選組のパトカーですよね」
「そうですがね。見りゃわかんだろィ。これが大統領専用車にでも見えるんだったら眼科に行ってきなせェ」
「ごめんなさい、違ってたら失礼だと思って」

沖田のぶっきらぼうな態度や失礼な返答に気を悪くすることもなく、くすりと楽しげに女は笑う。

「で?」
「あ、屯所への道をお聞きしたくて」
「アンタ屯所に何の用でィ」
「明日から女中として働かせていただくことになってるんですが、江戸に出てきたのははじめてなので、ちょっと道に迷ってしまったみたいで」
「ちょっと?」
「ええちょっと」

江戸に出てくるという言葉から察するに、この女は地方から出てきたのだろう。
しかし駅から屯所までは子供でも行けるような簡単な道で繋がっているというのに、今居る場所は完全に逆方向だ。これではどれだけ歩いても着く筈が無い。

「……何か?」

まじまじと見つめてくる沖田の視線に怯むことなく、女は瞳を逸らすことなく真っ直ぐに見つめ返してきた。

「いいや、何でも」

女が大事そうに手に持っていた地図らしきものを沖田が何も言わずに奪い取る。
ひょっとしたら地図の方が間違っているかもしれないと思ったのだが、地図にはこれ以上無いほど丁寧に屯所への道が書かれていた。
この、凛と立ち振る舞う頭の良さそうな女が、子供でも迷わない道のりを迷っていたのだ。
ぷっと笑みが漏れる。どんだけ方向音痴なんだか。

「乗りなせェ。連れて行ってやらァ」
「え、でも、パトロール中なのに悪いですよ」
「豪快に道間違えてる間抜けを送っていってやるのも仕事のうちなんで」
「間抜け……」
「早くしろィ間抜け」
「苗字名前です!」
「苗字間抜けさんか、俺ァ沖田総悟。真選組一番隊の隊長でィ」

わ、隊長さん。名前が感心したように表情を変える。

「とっとと乗らねェと手錠かけてアンタを車に押し込んであげてもいいんですがね」
「逮捕されるようなことしてませんよ」
「江戸のおまわりさんは気が短いんでィ」

冗談めかした沖田の言葉に「まあ、江戸ってこわいところ」なんて女も冗談で返してきた。
あれ、と沖田が思った時にはもう、胸の奥で淡く色付く柔い綿のような何かがふわふわと広がろうとしていた。
制御できそうにないその感情に沖田は若干戸惑ったものの、すぐにこれからが楽しみだねィなんて不敵な笑みを浮かべる余裕さえあった。
後に呼吸すらできないほど名前に溺れることになるだなんてこの時の沖田は想像もしていなかった。

「ではすみませんがお願いします」と名前が大きな荷物と共にパトカーの後部座席に乗り込んでくる。
沖田はルームミラーで名前をちらと見てから車をゆっくりと発車させた。
道の向こうから何やら黒い人影が走ってくるのが見えたが、きっと幻のたぐいだろう。


「私が江戸にきてどれだけ経ってると思ってるんですか」
「どれだけ経とうが名前さんの方向音痴は変わりゃしねーだろィ」
「だって通りの向こうでしょ? 新しいお団子屋さん。もうさすがに迷わないと思うんだけど」
「いーや迷う。ぜってー迷う」

だから乗っていきなせェ。そう言って沖田は開け放した窓に肘を乗せ道を歩く名前の歩調にあわせゆっくりとパトカーを走らせる。
二メートル程そんなやりとりを繰り返したところで、ついに名前が根負けして足を止めた。
沖田もきゅっとブレーキを踏むと、腕を伸ばして名前のほっそりとした手首を優しく掴む。

「捕まえた。乗るって言うまで離しやせんぜ」

にっと悪戯っぽく笑って助手席から名前を見上げてくる沖田に、名前が諦めたように笑う。

「心配性のおまわりさん」
「名前さんにだけな」
「くれぐれも安全運転でお願いしますね」
「任せろィ」

助手席に乗り込んできた名前がシートベルトを締めたところで、そういえば、と首を傾げる。

「見回り、土方さんとペアじゃなかった?」

その言葉を振り切るように、沖田はわざと勢いよくパトカーを発進させた。



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美結様リクエスト「沖田くんが女中さんに惚れたきっかけのような話」でした!
もう初対面から惚れてしまっていたみたいですね沖田さんってばまったくもう!
この二人の初々しいやりとりが書けてとても楽しかったです。
美結様、素敵なリクエストをどうもありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
いがぐり

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あきゅろす。
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