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企画
その後の話の直後の話 (Don't Hold Back 藤との結婚後)
※「Don't Hold Back」その後の話の直後の話です



アシタバに言われたからではないが、名前に会ったら自分の放った無神経な発言をすぐに謝ろうと妙に緊張しながら藤は玄関の前に立っていた。
二人の暮らす家は、元々名前がずっと住んでいたアパートだ。
実家の料亭の支店をアメリカに出すということで、将来的にもしかしたらアメリカで暮らすことになるかもしれないと、身軽に動けることを優先したのだ。

藤はしばらく玄関の前で冷や汗を流していた。
いつもならば、名前が先に帰っていたらおかえり、と明るい声で玄関を開けてくれるというのに、今日はしんとしている。
時刻は20時を越えている。
どうやら藤の頬をバシンと叩いて出て行ってしまってから、ここには帰ってきていないらしい。

「……マジで離婚とかねーよな……勘弁してくれよ」

独り言を呟きながら携帯を操る。
着信もメールも無し。名前に電話をかけるものの、何度鳴らしても繋がらない。
小さく舌打ちして、藤は家には入らず早足で歩き出す。
行き先の見当は何となくついていた。


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「きっと麓介は自分が何で叩かれたのかなんて全然わかってないんだと思う」

そう言って名前は苦々しい顔でジョッキに残ったビールを一気に飲み干した。
その姿を派出須は心底呆れた顔で見つめている。
名前に呼び出されるまま、名前の住むアパート近くにある居酒屋へきたはいいが、会うなり愚痴を聞かされ続けているのだ。

「だったらこんな所で僕相手に愚痴ってないで帰ってきちんと藤くんと話し合ったらどうだ」
「やだ。まだ愚痴言い足りない。ババアって何よババアって!私がババアなら麓介はガキじゃない!ねえ逸人」
「藤くんは立派に成人した名前の伴侶じゃないか。お前が上手いことバランスを取らなくてどうする」
「ふーんだ。親友より可愛い教え子の方が大事なのね。やっぱりね」
「そんなことは言ってないじゃないか」

はあと名前に聞こえるようわざと大きな溜息を吐き、派出須は酔えない酒を喉に流し込む。
仮にも好きだった女に惚気半分の愚痴を聞かされる僕の身にもなってみろ、なんて心の中で呟くものの、それを聞かせる気も口に出す気も無い。

「とにかく、一度藤くんに連絡したらどうだ。きっと心配してるぞ」
「えー。私も藤だもーん。もしもーし、藤名前でーすハハハー」
「……」

完全に酔っ払ってしまったようだ。
派出須は仕方無しに自分の携帯を取り出し、登録してはいてもあまり使ったことの無い藤の番号を四苦八苦しながら呼び出そうとする。
間違いは無いかひとつひとつの手順を確認しながら鬼気迫る形相でそれをする派出須に通りかかった他の客がぎょっとなっていた。

「あ、あった。これだ……!」

しかし必死の派出須の健闘も「やっぱここ居やがったか」という言葉に意味をなくした。
呼び出そうとした相手が息を切らせて現れたからだ。
背が高く均整の取れた身体で、しかも飛びきり整った顔をしている藤に、店内の女性客の視線が一気に集まる。
そんな女性客の熱い視線とは真逆に、名前の視線はどこまでも白けていた。
しかし派出須は嬉しそうに藤にとびきりニタリとした笑顔を向ける。

「藤くん……、久しぶりだね」
「悪ィ、名前が迷惑かけたな」
「迷惑って何よ。私は逸人と仲良くお酒を飲んでるだけなんだから」
「帰るぞ名前」
「いや」
「あの言葉は謝るから、大人しくついてこいって」
「いや」

その言葉にぴくりと眉間にシワを寄せるが、悪いのは無神経なことを言った自分なのだ。
はあと息を吐き、藤は靴を脱ぎ座敷に上がると名前の横へどっかりと腰を下ろす。
こっちこないでよ、と拗ねた様子で名前が身体を遠のけるが「るせェ」と藤の腕が名前の肩を引き寄せた。

「ごめんな」

名前のこめかみに唇を当て、心底後悔していることを伝えるように、ゆっくり優しく藤が謝る。
むー、と声にならない声を漏らしていた名前も、ここまでやられたらさすがに怒りを解かないわけにはいかないようだ。
ゆるゆると態度を緩めていく。

「他の人から言われても全然平気だけど、麓介にだけはそういうこと言われたくないんだからね」
「言ってねーだろ。なっちまうぞって言っただけで、お前のことそんな風に見てやしねーよ」
「でも今はそうでも、いつかそう思う時が来るよ」
「名前ならどんなんでもいいって言ってるだろ。信じろよ俺を」
「信じてるけど不安になるのはどうしたらいいのよ」
「不安になったらハデスじゃなくて俺に言え。何度でも、んなバカみてーなの取り除いてやるから」
「……うん」

藤の真摯な言葉に瞳を閉じ、中学の時とは比べ物にならないくらいたくましくなった藤のその肩に名前は嬉しそうにそっともたれかかる。
離婚の危機かと肝を冷やしていた藤も、名前の愛しい重みにようやく安心した表情を見せた。

「あの……僕、帰ってもいいかな」

弱々しく吐き出された派出須の言葉は、居酒屋の賑やかなざわめきに消えた。



ヒロ様リクエスト
「Don't Hold Back続編。離婚するの?しないよね?ソワソワする藤くん。ヒロインちゃんはハデス先生とやけ酒!愚痴。などなど!」
でした!
以前メールでおっしゃっていた派出須先生の「仮にも好きだった女に愚痴を聞かされる僕の身にもなってみろ」という素敵な台詞も使わせていただきました♪
どうだったかな、大丈夫かな。
楽しいリクエストをどうもありがとうございました!
書いていてとっても楽しかったです。
いがぐり

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あきゅろす。
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