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企画
泣ける場所(土方夫婦)

土方からとある人物の調査を頼まれていた山崎が報告書を手に屯所へと帰ってきた時にまず感じたのは、
いつもと若干違う、どことなくそわりとした空気だった。
騒がしいのとは違う、重苦しいものでもない。何か軽いアクシデントでもあったのだろう。
報告書とは別の手に持ったあんぱん入りのレジ袋をかさつかせ、山崎は通りかかった隊士をつかまえ何があったか聞く。

「副長の奥さんが、熱出して副長の部屋で休んでるんだよ」

詳しく聞くと、土方が家に忘れたものを届けにきた名前の様子が、朝家を出たときと違うことに土方が気付いたのだという。
土方が頬に手を当てると案の定熱があり、大丈夫と言い張る名前を強引に引きとめ、自分の部屋へ寝かせたらしい。

名前が土方を見て頬を赤らめたりするところは、誰もがよく見る光景だった。
だから頬をぽぽぽと染め、土方に会えたのが嬉しいという表情を隠すことなくににこにこと仏頂面の夫に笑いかける名前を、
今日も奥さんかわいいなと皆思って見ていたのだが、ただ一人、土方だけが名前の不調に気付いた。
赤らめた頬だけでなく、不調を気取られまいと細く吐く息、微笑んだ唇に無理は無かったが、
何かの我慢が土方にだけは見て取れたのだろう。
チ、と小さく舌打ちする土方に、怒られるとでも思ったのか、
名前はビクッと狼の前の子うさぎのように身体をびくつかせたらしい。

「俺の部屋に布団! それに水分持って来い!」

そう言って、すぐさま名前を横抱きにした。
そのことが屯所中に伝わり、それは大変だと女中も隊士も皆こぞって名前の身を心配していたのだ。

「なるほどね」

屯所の空気がいつもと違う理由が分かり、山崎は持っている報告書に視線を落とした。
戻ったらすぐにもってこいと言われているものだが、いま行くのはやめておいたほうがいい気がする。

「それ副長んとこ持ってくのか?」

山崎の目線を辿った隊士に聞かれ、うーん、と曖昧に返事する。
そんな山崎の前に、隊士が持っていたりんごを差し出してきた。

「りんご?」
「お前にじゃねーよ、奥さんに、見舞いって渡してくれ」
「自分で行けば」
「でもお前副長に報告書出しに行くんだろ。ついでによろしく」

ええー、と情けない声をあげる山崎にりんごを押し付け、隊士は素早く去っていった。

「あら山崎さん」

廊下を歩いていくと、すっと清浄な気持ちになるような凛とした笑顔を浮かべた、
この屯所の中でも飛び抜けて優秀な女中が声をかけてくる。
沖田の恋人でもあるこの女中は、からからと音が聞こえるくらいたくさんの氷が入った氷枕を手に持っていた。

「報告書、できたんですね。土方さんに提出するならこれ、持っていってもらえません?」
「いや、いまあんまり行きたくないなーって思ってたとこなんだけど」
「ああ……山崎さんの気持ち、わかるかも」
「でしょ」
「でも仕事は仕事。報告書はすみやかに、でしょう?」

にっこりと艶やかに微笑む沖田の恋人に見惚れた隙に、手の中に氷枕を渡されてしまう。

「強引だなあ」
「私が行ってもいいんだけど、ほら体が辛い時に次々に誰か顔を出したら、気を使わせてしまうしゆっくり休めないから」

だからお願いします、とにっこり綺麗に微笑んで、歩いていってしまった。
あの沖田隊長が骨抜きになるわけだ、と、山崎はがっくりと項垂れるのだった。



数分後、何故か次々と名前への見舞いの品を隊士や女中達に渡されて、
山崎の両手はフルーツやひえピタ、市販薬や花やアイマスクで塞がってしまった。

「なんでこんなことに」

はーあ、と溜息を吐くと、気配を殺して土方の部屋の前で膝を折り、身をかがめて中の様子を探る。
驚かせてもいけないし、もしかして中で土方が名前が熱で動けないことをいいことにとんでもないことをしているかもしれない、
とまではさすがに思わないが念のためだ。

「……ごめんなさい、とうしろうさん」

いつも元気な名前がこぼす、信じられないほど弱々しい声に、山崎は思わずきゅっと唇を閉じる。
今二人は、二人きりの時だけの空気で過ごしているのだ。邪魔者が壊して良い時間じゃない。
しまったな。報告書も大事だが、もう少し時間をおいてから行動するべきだった。
このまま後ずさりして、また後で何事も無かったかのように顔を出してもいいが、
両手に見舞いの品を抱えたまま、二人に、特に土方に気づかれず去るのはいくら隠密行動に長けた山崎でも難しいだろうと瞬時に判断する。
山崎は息を殺し、二人に気づかれずに去るタイミングを待つことにした。

「何か、食いたいモンがあったら、」
「いえ……」
「喉は渇いてねえか」
「十四郎さん、ご心配かけてすいません。私は大丈夫、お仕事に戻って下さい」

明らかに無理をしている声に、ふ、と土方が笑う気配がした。

「行っていいのか?」
「……はい、私は少し休ませてもらってから家に帰ります」
「本当にいいのか?」

小さく響くリップ音。「ぁ」と吐息のような名前の声を閉じ込めるように、それは何度も続いた。
その生々しい音に、うわぁこれ俺がいるのバレたら絶対に殺される、と山崎は顔を真っ青にする。
しかし本当に、この襖の向こうに居るのは自分の知ってる土方十四郎なのだろうか。
隊士達の前では、名前がいても表情を崩さずクールに対応することが多い真選組、鬼の副長と呼ばれる人物が、
耳が溶けるほど穏やかに甘く、名前に囁きかけている。

「もう、十四郎さん」

くすりと笑いながらこぼすその声色には嬉しさと、ほんのりと戸惑いの色も混じっていることに山崎は(おや?)と思う。
いつもにこにこと土方への愛情を真っ直ぐに向けている名前だが、
それは土方の役に立ちたい、迷惑にならないようにしたい、そういった懸命さがあり、
わがままやおねだりなど、そういうことを望む姿は見たことが無い。

「行って下さい」

山崎は真選組に名前の実家である苗字家との見合い話が出てきた時、
苗字家と、そして名前自身の調査を命じられたことがあった。
が、苗字家はともかく、ほとんと家から出ない名前のことを調べるのは骨が折れた。
仕事に私情を挟んではこの仕事をやっていけないが、名前の境遇を調べれば調べるほど、名前を不憫に思った。
両親と兄の冷徹さ。大事にされることも知らず、甘えられる相手も存在しない生活。
それでも名前は、どうしてこの状況の中、ここまで純粋に、性格も曲がらず成長できたのだろうと驚くぐらい愛らしい娘だった。
そんな名前だから、自分が土方に一生懸命尽くすことはできるが、甘えること、頼ることに慣れていないのだろう。
こんなときくらい副長に甘えればいいのに、と山崎は歯がゆく思う。
土方の性格からして、このままだとあっさりと「わかった」と名前を置いて仕事に戻ってしまうだろう。
駄目だ! 奥さんは、今まで一人で孤独に絶えてきたのだ。夫である副長がわかってやらなくてどうする!
山崎がそう思った瞬間。

「名前、いいから」

静かな優しい声だった。山崎は自分の耳を掠めた土方の声に思わず目を丸くする。
慈しむように、包むように、安心させるように、土方は「俺はここにいる」と
名前に向かってゆるやかに言葉を続ける。
少しの間、数十秒ほどの後に、くう、と名前が嗚咽をもらした。
布団の布ずれの音と共に名前の嗚咽がくぐもった音になる。
土方が横になり名前を胸の中に抱きこんだのだろう。

名前の孤独も。頑張りも。うまく甘えられないもどかしさも。土方は全てわかっていたのだ。
山崎の目頭が熱くなる。

「あまり、あまやかさないで、ください、っ、」
「それはできねェ相談だな」
「どんどん、わがままになってしまうじゃないですか……」
「何でも言えば良い。俺がやれることならやってやるから。……夫婦だろ」
「っ、だるい、です。すこし寝たい……このまま、だきしめててくれますか……?」
「ああ」

土方の声は嬉しげだった。もちろん、名前の体調が悪いことを喜んでいるわけではない。
名前が自分を必要としてくれたことが嬉しいのだ。
山崎は、うん、と一人頷きながら唇を緩ませる。

しばらくして二人の寝息を確認すると、山崎はやっと全身から緊張を解いた。
深呼吸し、立ち上がる。一時間後にまた来よう。
山崎は腕の中の見舞いの品を落とさないよう、慎重に慎重に部屋の前から立ち去った。





■土方夫婦を第三者目線で
■ヒロインちゃんが風邪をひいてしまって、土方さんにたっぷり甘やかされる
 土方夫妻ならヒロインちゃんの過去の「甘えられない状況だった」ということも織り交ぜて
 それを踏まえた上で、ヒロインちゃんを見て、護るのは自分しかいないと思う土方




幸さま、めぐみ様のリクエストで書かせていただきました!
沖田さんの恋人まで出してしまってすみません。
楽しくて長ったらしい文章になってしまいましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
素敵なリクエストどうもありがとうございました!

2017/3/15 いがぐり

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