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企画
優しい雨音(藤)
昔から麓介のことが好きで好きで、離れることが怖かった。
どんな時でも常に麓介を中心に動いてきた。
自分の行きたい高校は麓介が行く高校だったし、アメリカへ行くと聞いた時だって、私も一緒に行くことを迷わなかった。

でもきっと麓介は、私が別の高校へ行ったとしても、アメリカへついて行かなかったとしても、一言「へェ」と表情も動かさずに言うだけだっただろう。

「んなことねーよ」
「そうかなあ」

高級老舗料亭の支店をアメリカに出す。
言うだけなら簡単だが、そこへ到る道のりは果てしなく面倒で困難で根気が要った。
麓介はそれでも、ひとつひとつを地道に積み重ね、真剣に頑張っている。
今の麓介の頭の中はそのことで一杯なのだろう。
麓介はぼうっとテレビを見ながら私の作ったハンバーグを上の空で口の中へ押入れ、咀嚼し、お茶で流し込んでいる。
そこには何の感情も読み取れない。
いつも夜遅くに帰ってきて朝はギリギリまで寝ているので、身支度に掛ける時間は最低限だ。
整った顔に無精ヒゲが目立ち髪の毛はボサボサ。
全身から疲れた感をかもし出している。
だけどどれだけよれよれになってもイケメンはイケメンだ。
逆にちょっとセクシーに見えてしまう。
唇についたハンバーグのソースを舌で舐め取るその仕草に、少しドキリとした。
毎日のようにキスは交わしている。いってきます、とただいま、の軽いもの。
そういえば、もうずいぶんと熱のこもったキスはしていないな、と胸がチクリとした。

「私ハンバーグはやっぱり和風が好きだな」
「食えりゃどっちでもいい」

アメリカで一緒に暮らしていた流れで、日本に帰ってきても一緒に暮らしている。
麓介が頭を抱える雑多な手続きなどの書類仕事を手伝う傍らでアルバイトもしているけれど、それは麓介の居ない時間を埋める為だ。
さみしく感じるのはわがままだ。
やりたいことがあって、それに全力で向かっていく麓介はかっこよくて、なのにその一方で私ときたら、麓介と一緒に居たいということしか頭に無くて、自分が何をすればいいのかわからなくなっている。

「あ、そうだ、美味しい佃煮があるんだよ」
「じゃ飯軽くおかわり」
「ん」

依存していないだろうか。彼の足を引っ張っているということはないだろうか。
私が離れなかっただけで、もう私は麓介に必要とされていないかもしれない。
アメリカへ支店を出したら、麓介はどうするんだろう。
またアメリカへ行くのかな。私もまた一緒に行ってもいいのかな。

「時々考えるんだ。麓介が居なかったら私は何もすることがないなあって」

キッチンの窓に雨が当たる音がする。
色々考えすぎて疲れちゃったなあ。
お茶碗を持ったままで、その雨音を冷蔵庫にもたれながら聞いてると、麓介もキッチンへと姿を見せた。

「どーでもいいこと考えてんのな、お前。言っとくけど、俺は名前から離れる気ねーし、この先やることはずっとなくなんねーぞ」
「私がくっついてるからじゃなくて?」
「俺は俺の意思でお前と一緒に居るんだよ」
「ねえ」

キスして、と言う前に麓介に唇を塞がれる。
気持ち全てを持っていかれるような、とろけるような情熱的な口付け。
何十回と重ねてきた唇だけど、いつだってその甘やかな感触にうっとりしてしまう。

「何のとりえもやりたいことも無いけど、一緒に居てもいいの?」
「名前が居なけりゃ俺はこの先どーすんだよ」
「麓介はやりたいことがあるもん。私には無い」
「俺が居るだろ」
「ありがと」
「…ちゃんと、お前のこと想ってるから」
「ん、」

上唇を食まれ、麓介の身体へ腕を回す。
さっきまで感じていた不安を一掃されて広がる安堵の気持ちと、月日を重ねてもなお膨れ上がる麓介への愛情が胸の中で優しく交じり合う。

「このクソ面倒な手続きだの契約だのが一段落したら結婚しようぜ」

そう照れくさそうに囁かれたのは、麓介が佃煮でご飯を2杯もおかわりをした後だった。




梦乃様よりいただきましたリクエスト
「…ちゃんと、お前のこと想ってるから」でした!
ひゃっほう!素敵!言われたい!!
テンション低いけど愛情マックスってな感じで書いたんですがもしお気に召さなかったらすみません…!
素敵なリクエストをどうもありがとうございました♪
これからもどうぞよろしくお願いいたします!
いがぐり

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