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企画
私の選ぶ道(高杉 攘夷時代)

※攘夷時代



何がついたのか考えたくない薄い染みやカビの目立つ汚い畳に手をつき、おじぎする。
膝をついたままにじって部屋に入りゆっくりと顔を上げた時、その人と目が合った。

まるで若い獣のような鋭く冷たい眼差しに一瞥されて身がすくんだ。
どうしてこの人はこんなに怒りを募らせながら怖い顔してお酒を飲んでるんだろう。



そう思ったことを、昨日のことのように覚えている。



早く隣に座ってお酒を注がなきゃ、そう思うのに身体が動いてくれない。
私の震えに気付いた男の人が、呆れたように指でくいくいと私を招いてきた。

「名前は」
「あっ……名前です。苗字名前」

言ってから気がついた。この場所にいる私は違う名前なのだ。
私を買った人が決めた私の新しい名前は、どうしても抵抗感と違和感が拭えない。
けれどここでこれから男の人と、毎夜何度も何人も、数え切れないほど身体を合わせていくうちに、
そんな心も引き攣れていって、今に何も感じなくなっていくのだろう。なっていきたい。
そうぼうっと考える。現在の境遇から目を逸らすように。
どうせ逃げられないのなら、辛い気持ちを抱えたまま現実を直視して生きていくより、
頭をなるべく空にして、ぼうっとしてる方がいい。

「すみません、私の名は、」
「いい。名前なんだろ」

険しかった目元が和らぎ、優しく笑いかけてくれた。
それだけで涙が滲みそうになる。

「っ、」

この場所は金持ちが金をはたいて綺麗な花魁と夜を過ごす遊郭などではない。
汚い小屋に、行き場の無い生気の無い痩せた女性が数人飼われている売春宿だ。
連れてこられたばかりの私でも、ここがどれだけ劣悪な場所かすぐにわかった。
来る客も、女を女として扱わないような。

ここに連れてこられたのは昼間だった。昼なのに、大雑把に敷かれた布団で身動きもせず女性達が横になっている。
薄っぺらい布団から起き上がらずに薄目を開けた一人の女性と目が合ってぞっとした。死人かと思ったからだ。
私もあんな顔になるのだろうか。
青白い顔で虚ろに微笑み哀れむように私を見た。
今に私達と同じ顔になっちまうよ、その表情がそう言ってるように見えた。

でも目の前の男の人は、どうしてこんな場所にいるのか不思議に思うくらい
ふんわりと上等な香が漂うような気品を持っている。

今夜はこの人と一夜を共にしろと言われた。
親を亡くして孤児になった私は、親戚にここへ売られた。
その値段と一日あたりの生活費は、聞いたことの無い値段で。
それを返せることができれば自由になれると聞いたけど、きっと何年も何年もかかるだろう。
逃げようにもすごく大きなこわい人が見張っているし、逃げたら殺すと言われて、
ああ私はここで生きていかなければならないんだと、どこか他人事のように理解した。

でも自分を殺すことだけはしない。もういない両親が悲しんでしまう。
こんな場所で生きていくのと、どちらが悲しむだろうと思うのだけど。

「……私、はじめてで、でも、お客様に悦んでいただけるように頑張りますから、」
「俺は高杉晋助だ」
「高杉さま」
「様なんざ付けられるような身分じゃねェよ」

クっと自嘲するように笑った後、高杉さまは私の頭に手をのせてくれた。
慰めてくれるように、よしよしと優しく撫ぜられて私の目からは涙が止まらなくなる。
そのまま広い胸に抱き寄せられた。
いよいよか、と私の目から涙が止まり、ごくりと覚悟を決める。
よかったじゃないか私、こんな、優しくて顔も綺麗な人に一番最初に抱いてもらえるなんて。

「俺がお前を逃がしてやろうか」

耳元に囁かれた言葉に目を見開く。
深い色した二つの瞳に吸い込まれそうになる。

「その代わり、俺と行く先も地獄かもしれねぇけどな」
「わたしを、連れ出してくれるんですか? そんなことできるわけない」
「できねェこたァ言わねぇ」

涙で滲んだ視界が突然クリアになった気がした。
両親が亡くなって以来ずっと霞んで見えていた景色にはっきりと色と輪郭が伴われ、
それに驚いている私に、高杉さまが笑みを深める。
きっとこの人はとても優しい人なんだ。だから私を救ってくれようとしてる。

「でもあなたが殺されてしまいます……」
「はっ、俺が?」

冗談を言ったつもりはないのに、高杉さまはとてもおかしそうに笑う。

「名前が決めろ」

ここへくるときも、名前を決められた時も、身体を売れと言われた時も、私に決定権は無かった。
だから私は高杉さまの言葉にすがるように「行きます」と返事していた。

私の決心に、静かに微笑んだ高杉さまがおもむろに立ち上がり窓を開ける。
月光を受けて振り返るその姿はとても綺麗で、差し出されたその手に自分の手を乗せることに少しも不安を覚えなかった。



私が恩人であり初恋の人となった高杉さまと身体を重ねたのは、
彼が片目と、それ以上に大きなものを失ったずっと後のこと。

私はずっと高杉さまの隣にいます。
そう言って離れない私を、高杉さまは愛しいといってくれた。

それだけで、私は幸せだ。





攘夷戦争時代の高杉で遊女とのお話。
出来ればその遊女はその日が初出勤?であったら。
黒子ノ太助の回で高杉が遊郭に行っても目を血走らせて飲んでるだけのような高杉との絡み



いなご様リクエストの攘夷時代の高杉さんでした!
こんなシリアスな感じで大丈夫でしたでしょうか!?
とても素敵なリクエスト、どうもありがとうございました♪
新鮮な設定でギャグ入らない高杉さんが書けてとっても楽しかったです!

2016/12/06 いがぐり

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