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企画
化粧(沖田と年上女中)
 
「あ」

小さな声を上げ、名前は後ろへ倒れた。
大型犬が尻尾を振りながら、名前に覆いかぶさるようにして分厚い舌で頬を舐める。舐める。舐める。

「どうしたの、君。あはは、待って待ってそんなに興奮しないの可愛いね、でもなんでここに犬が……」
「チビー!」

尻餅どころか、地面に押し倒された名前と押し倒した犬に向かって駆け寄ってきたのは一人の少女だった。
チビ、チビここにいたの、と少女より大きな犬に向かってチビと愛しげに呼びかけて、
その犬に押し倒された名前を見て「ごめんなさいっ!!」と飛び跳ねる。

ここは真選組屯所の中庭だ。
先ほど、わふっという隊士でも女中でも、そしてゴリラでもない聞きなれない声が聞こえ、
様子を見に部屋から中庭に出た名前に、突然この犬がガバッと飛び掛ってきたのだ。

「チビ、お座りしなさい、お姉さん困ってるでしょ!」
「かわいいねえ、うんうん、よしよし」

犬の耳のあたりを撫でて笑いかけてやると、ようやく犬が名前の上から退いた。
そしてチビ! と怒る少女に、くうんと反省してか礼儀正しく座って頭を垂れる。
この真選組の屯所という場所にこんな可愛らしい少女と大型犬がいるという不思議な光景に、
名前がくすりと笑いながら立ち上がると、その微笑にほうっと頬を染めた少女がハッとして深々と頭を下げる。

「ごめんなさい、チビが」
「ううん、大丈夫。それより、屯所に何か御用だったの?」
「いえ、そこの道を散歩してたらいきなり駆け出しちゃって。ごめんなさい、一瞬の隙にリードから手を離してしまったんです」

本当にごめんなさい、と名前に申し訳なさげに言う少女に大丈夫だよとにっこり笑いチビの頭を撫でてやると
ふさふさとした尻尾をブンブン振って飼い主である少女に身をすり寄せた。



「で、その時に手首をヤっちまったと。今からでも遅くねぇ。そいつから治療費と慰謝料ふんだくってやりやしょうや」
「何言ってるの。少し痛いくらいでたいしたこと無いから」
「よりによって利き腕たァ」
「ドジだよね、私」
「全くでィ」

湿布を貼り、その上から包帯を巻いた名前の手首は、
尻餅をついた際に地面に変な角度で手をついたらしく、少々痛めてしまった。
それほど痛みは無いものの、今日が休みで少しほっとした。
明日には痛みも取れるだろう。
名前の手首を手のひらでするりと撫でた沖田の指が、手の甲を滑っていく。

「犬に顔を舐められて顔洗ったからお化粧やり直さないと」
「その手首でできんですかい」
「うーん、まあ」
「やめておきなせぇ。負担かけて治りが遅くなったらどーすんでィ」
「でも、すっぴんじゃさすがに外にいけないよ。総悟と出かけるの楽しみにしてたんだから」
「だったら俺がやってやりまさァ」
「え?」

洗顔した時に下地とリキッドクリームは塗ってある。
今日はコンシーラーやハイライトなど、そういう細やかな部分は省略することにしても、
名前は沖田に本当に任せていいものか少々半信半疑だった。
しかし黙って沖田にフェイスパウダーとブラシを渡し手順を教えると、
意外と真剣に沖田は名前の説明を聞いてくれた。

視線があるとやりにくいかと目を閉じる。
くるくると肌の上を滑るブラシは自分が使う時よりも当りがソフトで、沖田が相当気を遣ってくれているのだとわかった。

「緊張しなくてもいいよ」
「そりゃ無理な相談だ」

柔らかく唇に触れたのは、ブラシではなく沖田の唇だ。

「口付けてもらう為に目を閉じたんじゃないのに」
「知ってらァ」

ふいっと何かを誤魔化すように視線を逸らす沖田に、名前がふふっと笑う。

「総悟かわいい。ねえもしかしてドキドキしてるの?」
「眉毛は極太マジックで書いていいですかィ。化粧崩れの心配しなくていいですぜ」
「そんなもので書いたら一生総悟と出かけない」
「じゃあボールペンで勘弁してやらァ」
「ちゃんとペンシルとパウダー使ってよ! 最後はブラシで整えて」
「眉毛なんざ自然でいいのに。イチイチ面倒な手間かけてんですねィ」
「女性のたしなみですから」

軽口を叩きつつアイシャドウまでは鏡を見ながら指示をして沖田に任せたが、
さすがにアイラインとマスカラは自分でやることにする。
間近でからかうように見つめられるが、名前はその視線を無視し微かに痛む右手で素早く終わらせた。
そのまま口紅とチークも自分で一気にやってしまおうとしたが、
手に取ったリップブラシを沖田に奪われてしまう。
いいのに、と唇を尖らせた名前に二度目の口付けをして、沖田は名前の顎を指でくいっと上向かせた。
名前は、視線を真っ直ぐ沖田の瞳に注ぐ。

「今度は閉じねぇんで?」
「うん、総悟の真剣な顔が見たい」
「安心しなせぇ。口裂け女みてーな斬新なメイクにゃしやせんから」
「できるだけ美人に見えるように塗ってね」
「アンタは最初から美人ですぜ」

真剣な眼差しから不意に優しく目元を緩め、沖田は名前の唇に丁寧に色を引いていく。
ぞくりと背中があわ立つような、唇に走る愛撫のような感触に名前は短く息を吸った。





■沖田夢で沖田が夢主にメイク(フェイスメイク、マニキュアなど)をする話
■沖田総悟さん




叶亜さま、しーな様のリクエストで書かせていただきました!
化粧をしてるとき、遠くで聞こえるざわめいた人の声や何かの音以外、
あの部屋は二人の吐息しか聞こえないんじゃないかというくらい、二人の世界に入っちゃってる夢でしたが、
すっごく楽しんで書かせていただきました。
お気に召していただけたら嬉しいです!
嬉しいリクエスト、どうもありがとうございました!

2016/11/29 いがぐり

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