企画 見守る人(沖田) 「副長副長、ふーくーちょー!」 土方の耳に、無条件に甘やかしてしまいたくなる子猫のような声がふわりと触れた。 廊下を歩いていた土方は足を止め、口元に笑みを浮かべて振り返る。 少し離れた場所から土方を呼び止めたのは、童顔なせいか隊服姿がいつまで経ってもしっくりとこない名前だった。 春のそよ風のように初々しい笑顔を浮かべながら土方に抱きつかんばかりに駆け寄ってくる。 「副長、外出ですか?」 「休みの時はトシ兄でいいっつっただろーが。あと普通に喋れ」 「だって私は休みじゃないし……」 「俺がいいっつったらいいんだよ」 名前は土方の言葉に頬をほんのり染めて笑った。 この苗字名前も土方達と同じ武州の出だ。 沖田の幼馴染ということで、土方も近藤も、昔から妹のように可愛がっている存在だった。 「トシ兄にお願いがあるんだ」 「どうした、何かあったか」 「あのね」 名前は一瞬、視線を悪戯っぽく逸らして小さく肩をぴょこんと動かしながら笑うと、 子供の頃と何も変わらない無邪気さで土方の耳に顔を近づけてくる。 長い睫。童顔だが背伸びし過ぎない程度に化粧を覚えた名前の、ほんのり大人びた表情に微かな女を感じ、 土方は心の中で“あんまり色気付くなよ”と寄ってくる悪い虫をあくまで兄の立場から深く心配する。 しかし出てくる言葉はなんの色気も無いものだった。 「総悟がね、今度こそトシ兄を葬ってやるって玄関脇に小型地雷埋めてたの。ちゃんと爆発するようにうまく乗ってあげてね!」 「イヤ乗あげてね! じゃねえだろ大怪我するだろ」 「えー、だめ?」 「駄目に決まってんだろ。馬鹿かオメーは」 ちぇー、と頬を膨らませる名前を見ると、同じ年の沖田よりはるかに年下のように見える。 大人びた表情をしてたかと思えば子供のように頬を膨らませて、 女というものは不思議だと土方は名前の額を軽く指で弾いた。 「そういえば名前、昨日総悟と見廻りに行ってたろ」 「え? そうだったかな〜」 じんじんと軽く痛む額を撫でながら、名前は視線をあからさまに逸らす。 「さっき報告書が上がってきたんだよ、総悟とお前のな。あれどういうこった」 「わからないな〜」 名前は真選組の隊士だが、第一線で刀を振るうことはあまりなく、普段は経理業務に関わる仕事をしていた。 それとは別に、時には見廻りやイベント事などの警備、そういった仕事もこなしている。 大方、今回は沖田が起こした騒動に名前も巻き込まれただけだろうが、 それでも健気に沖田をかばってか、口を割ろうとしない。 「ゲンコツ食らいたくなけりゃ素直に吐け」 「あわわ、今どこも気持ち悪くないし吐かなくても大丈夫! じゃあねトシ兄!」 そう言って名前が全力で走り出したところで、なんというタイミングだろうか、 近藤が現れ名前はその分厚い胸にボーンと跳ね返された。 その反動で尻餅をつきそうになった名前の身体を、近藤と並んで歩いてきていた沖田が背後から抱きしめるようにして助ける。 「あ、ありがとー総……じゃなかった隊長! 局長、ぶつかっちゃってごめんなさい」 「俺の方こそ、受け止められなくてすまなかったな。怪我はないか名前」 「ないです」 「そりゃよかった」 名前の頭を大きな手で撫でる近藤を、名前は嬉しそうに見上げる。 沖田は表情をぴくりとも動かさず、名前を抱きしめていた腕をすっと外すと、 その手でゴツンと音が鳴るくらい名前の頭に勢い良くコブシを落とした。 「あいたぁ!!!」 「ったく、トロくせーなァ。近藤さんに迷惑だろーが、いい加減にしやがれ」 「た、隊長ごめんなさい……」 涙目なのはゲンコツが痛かったからか、それとも沖田にきつい言葉を言われたからだろうか。 みるみる眉を下げ、しょぼんとうなだれる。 そんな名前をかばうように、近藤と土方が名前の前に立った。 「総悟、そこまで言わなくてもいいだろう」 「そーだそーだ!」 「名前も反省してるようだしな」 「そーだそーだ!」 近藤と土方の後ろに隠れるようにして名前がこぶしを振り上げる。 この二人の後ろにいれば無敵だと思っているのだろう。 「ちっとも反省してるように見えやせんが」 腕を組んだ沖田は、自分に向かってあっかんべーをしている名前をギロリと睨んだ。 名前はひゃっと飛び上がり、リスのように近藤の後ろに隠れる。 「名前、出てきなせぇ」 「やだ!」 「俺の言うことが聞けねぇのかィ」 「うう……」 「総悟、女の子には優しくしなさい」 「大丈夫でィ。加減はわかってまさァ俺のなんだから」 な、名前。と仏頂面を解きにっこりと笑ってみせれば、 名前がひょこっと近藤の後ろから顔を出す。 「俺の部屋に酒饅頭がありやすぜ。食いたけりゃ緑茶淹れてきなせぇ」 「えっもしかして上にうさぎの絵のついたお店の?」 「そうでィ。好物だろィ」 「うんっ」 沖田が信じられないほど柔らかな笑顔で名前に笑いかける。 えへへ、と笑った名前は、ころっと上機嫌な顔になり 「じゃあね、勲兄、トシ兄」とスキップでもするような足取りで行ってしまった。 「あまり名前をいじめてやるなよ総悟」 「どっからどう見ても可愛がってやってんでしょうが」 「近藤さんと俺は名前が心配なんだよ。あんなぽやーんとしてて総悟にいじめられちゃあ泣いて、この先大丈夫なのかアイツは」 土方の言葉に、沖田は真正面から近藤と土方に真剣な眼差しを向けた。 そして微笑する。安心しろとでもいうように。 「その心配は無用でィ。名前の面倒は一生俺が見るってガキの頃から決めてやすから」 さらりと放たれた沖田の言葉に、近藤と土方は揃って目を見開いた。 そんな二人を見て、沖田はふっと笑って自室の方へ歩いていく。 あの言葉は冗談でもでまかせでもなく、本気だ。 沖田の表情が、その背中が、一人の女性と生涯を共にするという男の覚悟を背負っているとはっきりわかる。 「どーするよトシ、おれ達より先に総悟達に結婚されたら」 「どーするもこーするもねーだろ近藤さん、俺達ゃあいつらを祝福するだけだ」 「名前の花嫁姿……、さぞかし可愛いだろうな……」 「ゲッ、何泣いてんだよ近藤さん!」 感極まったらしい近藤の押し殺したようにすすり泣く声は、 綺麗に磨き上げられた真選組の廊下の、その一番奥にまで不気味に響き渡ったという。 □沖田くんと同年代で恋仲の隊士ヒロインで、 何かとトラブルばかり起こす真選組最年少カップルに手を焼きながらも二人を見守ってる近藤さんと土方さん 茨紅さまからいただきましたリクエスト、とてもとても楽しく書かせていただきました。 可愛くて元気でかっこいい女性隊士ヒロイン! にしたかったのですが実力不足でほのぼのバカ系ヒロインに。 リクエストからもずれていますよね…すみません…すみません…! 素敵なリクエスト、どうもありがとうございました! しぐれっち、これからもツイッターやメールで仲良くしてやってくださいませ! 2016/11/22 いがぐり [*前へ][次へ#] [戻る] |