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企画
情けない男(坂田)

今、自分と名前の関係を聞かれたら、自分はなんと答えるだろうと
銀時は息継ぎをするような気持ちでファミレスの窓から空を見上げて思う。

もし本当に誰かにそんな質問をされたら「彼女ねェ、やっぱそう見えるよなァ」なんて冗談めかして言った後、
「ま、そーいう仲なんじゃね?」と違和感の無い程度にさりげなく言葉を濁すだろう。
悲しいことに名前にきっぱり否定されたらと思うと“彼女”と断言できないのだ。
そもそもまだ付き合っていないどころか、告白さえしていないのだが。
けれどもしっかりと自分と名前の間には友達以上の何かはあるとアピールしておきたい。

あくまで想像上のことなのに、色々考え出してしまう。
いい方向へ行くアクシデントが起きてくれないだろうか。
名前と自分との間に隔てられてしまった微妙な壁と距離感と、
そして何より銀時自身が長きに渡り積み重ねてきたどうしようもないだらしなさが、
後戻りも先に進むこともできないこの息苦しい空気を生んでいる今、
たとえどんなアクシデントが起ころうとも吉へは転びそうにないと苦笑いする。
これは自分自身で何とかしなくては。



名前は優しい。
銀時が頼みごとをすれば、だいたい「しょーがないなー」と助けてくれる。
名前が銀時に弱いことを知っているため、頻繁に頼ってしまっていた。
食事に仕事のヘルプ、家事的なものまで。
けれどそれは無料の労働力が欲しくてのことじゃない。
名前が一緒にいてくれる。新八や神楽とも違和感無く笑って万事屋に溶け込んでいる。
しかも名前が自分の為に、多少無茶な頼みでもきいてくれることがこの上なく嬉しかったのだ。

名前のその弱さは、銀時に対する恋愛めいたなものなのかはわからなかった。
見捨てたら後味が悪いと持っているのか、ただ放っておけないだけなのか。
わからないが、とにかく甘えてしまっていたのだ。



「名前ちゃ〜ん、ホラ、口あけてあけて! 銀さんが特別にパフェわけてやっから」
「ありがとう銀時。でも朝から甘いパフェ食べる気にならないからいらない」

とろりとした緩い生クリームを乗せたスプーンを持った銀時の笑顔が、名前の言葉にそのままかたまる。
名前は完璧な笑顔だった。完璧すぎて背筋が震えるほどの。

朝のファミレスは普段来る昼や夜の時間帯とは全然違った雰囲気だった。
やたら爽やかな朝の日差しが店内を見た目以上に清潔に見せている。
サラリーマンはコーヒー片手に朝だけのメニューのトーストと目玉焼きなどをつついていて、
夜通し遊んでいたのか、ぐったりした様子の若者数人のテーブルにはしなびたポテトや中途半端に残ったドリンクバーのグラスが並ぶ。
店員がキビキビ歩きながら、名前の前に大きな皿を置いていった。
名前は微笑をたたえ、生クリームやブルーベリーソースのたっぷりかかったパンケーキを
銀時の方を見もせず「いただきます」と小さな口へと運んでいく。

「お、おいおい名前、パンケーキはよくてパフェは駄目ってなんだよソレ。どっちも甘いじゃん。パフェだけ仲間はずれにするの良くないよ〜」
「複雑な乙女心です」
「乙女って歳じゃ……いえ名前ちゃんはきゃわいくていらっしゃるからー、複雑なー乙女心? うん、そういうのイイよねー」

何がいいのか銀時自身全くわからないが、とにかく銀時は適当に口を動かしながらチラと上目遣いで名前の様子を探る。
パフェの味なんて全くわからない。
名前は無言だった。銀時の方を見ようともせず、パンケーキに視線を落とし、紅茶を口にし、フォークを持つ。
銀時はパフェグラスの中の半分以上溶けてしまっているチョコレートアイスを長いスプーンでかき回した。
名前の一連の動きに目が釘付けになっているため、
グラスの淵からアイスがゆっくりと流れ出ても気付かない。
綺麗な唇だと思った。
生クリームがうっすらついた部分を舌で舐めとる仕草に顔が緩む。
名前のその唇の感触を、昨夜初めて知った。



昨夜、神楽が友達の家へ定春と泊まりに行くというので、夜は一人で過ごすことになった。
新八も早々に帰り、一人きりじゃ夕飯を作る気になれず、かといって外で飲み食いできる金も乏しい。
行けば誰かに奢ってもらえる可能性もあったが、それよりも名前に会いたいと思った。

電話で開口一番に「夕飯作りにきてくんない?」と言えば「しょうがないなあ」と名前が電話の向こうで笑ってくれた。
すぐにきてくれて美味しい夕飯を作って一緒に食べてくれた。
名前はいつだって銀時に甘いし優しい。
いつも名前のことを姉のように母のように慕っている神楽も新八もいないので、今日は銀時が独り占めできる。
気持ちが昂ぶった。

「最近ヤってねぇな〜」

夕食後に出されたお茶と柿を前に、銀時が独り言のように呟く。
アルコールなど口にしていないというのに、名前の前だとつい心がふわついて、
自分でも気持ち悪い程に口調が甘えてしまうのはどうしてだろう。

「たまってるの?」
「おうよ。神楽居ちゃ毎夜堂々とAV鑑賞っつーわけにもいかねーし」
「銀時と知り合って長いけど、恋人とかいたことないねえ。ま、モテないから仕方ないか」
「バッカ、選びたい放題なんだよ俺ァ。理想が高いんですぅー」

そう言って正面に座る名前を物憂げな眼差しで見つめる。
銀時の見つめる先には理想そのものがいた。
一緒にいてラク、会話が楽しい、優しく柔和な笑みは銀時を安心させてくれる。
「ん?」と銀時の視線に気付き首をほんの少し傾げる仕草は大人の色気を甘く漂わせ、
柿に手を伸ばす指先すら、ときめいてしまう。

「いつか結野アナクラスの素敵な人を恋人にできたらいいねー」
「オメーこそな」
「私はそんなに理想高くないし」
「ふぅん、どんくらいだよ」

銀時は唇を舌で湿らせながらソファから立ち上がった。
そのまま名前の真横へと移動し深く腰掛ける。
名前の肩に腕を回すように、背もたれへ腕を置くと名前が銀時の方を向いた。

「教えてあげない」

瞳が大人の色香を孕み、銀時を誘っているように見える。気のせいだろうか。
ごくりと、銀時の喉仏が動いた。名前を自分のものにしたい。
今まで甘えるという行為で少しずつ発散させていた名前に対しての欲望が一気に膨れ上がる。
そんな銀時を見て名前が見たこともない顔で頬を染めた。

「教えろよ、名前の理想がどんくらいか」
「気になるの?」

まァ、と薄く微笑みながら脚を名前の脚に当てる。名前は脚を動かさない。
経験上、こういう雰囲気の時は押せば高確率でいける。銀時は手ごたえを感じた。
しかも相手は名前だ。適当にナンパした時とは緊張感と興奮度が違う。
あまりの高揚感に心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。
胸が切ないまでに苦しくなってきた。
何か、相手を蕩けさせる言葉をと銀時は考えるが、出てきた言葉は最低に近いもので。

「名前、やらせて」

ずいと顔を寄せた。
名前は眉間に浅く皺を寄せたものの、すぐにふんわりと笑う。

「その悩ましい表情はキュンとくるものがあるけど、言葉の選び方が直球すぎない?」
「頼む、いいだろ名前」

そう言って、銀時はとうとう名前の唇を奪った。
名前も銀時の行動を予測していたのか、さして驚く様子も見せずその唇を受け入れる。
そして名前は手を一度、迷うように軽く握り、意を決したようにそっと開いて銀時の胸に手のひらを当てた。
その手を握ったのは銀時だ。唇は離さず、指を絡めあう。
ゴツゴツとした指と細くすらりとした名前の指はしっとりと重なり合い、強く繋がれた。


熱に浮かされたような激しい情事の果て、互いに中途半端に着物を乱したまま抱きしめあった。
何時間抱き合っていたのだろう。気がつけば朝になっていた。
脳は睡眠を欲し思考は緩慢になっていたが、気分は最高に幸せだった。
「何か食いに行くか」と軽く口付けしながら言うと、「行きたい」と笑顔が返ってくる。
腕の中のしっとりと湿った肌。名前のぬくもり。まだ乱れた吐息。
全部を手に入れられたと思った。名前の全てを。
互いのことはだいたい知ってる。食の好みや趣味、駄目な部分、良い部分、笑いのツボ。
けれど銀時は名前も怒るということを知らなかった。
名前が銀時の頬を撫でてくる。今までで一番綺麗で優しい微笑を浮かべて。
銀時はくすぐったい気持ちになった。

「……あのさ、」
「うん」

名前の瞳は期待に満ちた輝きを放っていた。
まだこの状況を、現実味がなくて真っ直ぐ受け止めきれない。
そんな気持ちをほぐしたかった。馬鹿を言い合える雰囲気にしたかっただけなのだ。
銀時はへらっと軽く笑いながら言う。

「またやりたくなったら頼むわ」

イヤ違うだろォォォ!!!!!
言ってから冷静になった。数秒前の自分を蹴り飛ばせたらどんなにいいだろう。
後悔する。今なら訂正できるんじゃないか。
いやでも名前ならこんな自分を許してくれるはず。なにせ名前は怒ったことがないのだ。
そう思ったが。

「お腹すいた」

無表情になった名前がするりと銀時の腕の中から離れていく。
銀時が腕を伸ばそうとすると、さっと背を向けられてしまった。
床に散らばる下着や帯を手に「お風呂借りるね」とスタスタ歩いていってしまう。
これはヤバいと銀時は青ざめた。



そして今に至る。
名前が銀時を無視して帰ろうとするので、奢るから! 頼むから! と何とかファミレスへ連れ込んだのだ。
そこからは意地もプライドも放り出し、ひたすら名前の機嫌をなおすため喋りまくっていた。

「この前名前が作ってくれたビスケットうまかったよなーマジで、また作りにくてくれよ」
「ビスケットじゃなくてクッキー」
「どっちも同じようなモンじゃねぇか……って違うよねー! やー馬鹿だね俺! だから毛根から性根が腐ってる天パなんだよな!」
「天パは悪くないよ」
「っ、……名前……お前、俺のこと許し
「腐ってるのは銀時のその頭の中だけだよ」

のんびりした声で辛辣な言葉を告げられ、銀時の手からスプーンが滑り落ちグラスに当たって音が鳴る。
かなり情けない顔になってしまっていた。
名前はそんな銀時を見つめると、小さく一度溜息を吐き、柔らかく笑う。

「でも私はそんな銀時も好きだけどね」

灰色の霧のように心の中を霞ませていたものが、名前の一言で一気に、爽快に晴れ渡ったように思えた。
その笑顔が、声が、あまりに鮮やかで、銀時は息すら止めていた。
というのに、銀時は喜べなかった。
名前の表情は先ほどと違わない。笑顔も変わらないものの、
その発言の直後、もし今一人きりになったらすぐに涙を零すような憂いを帯びたものになってしまった。
顔は笑っていても、心の中では名前は悲しみ、心を痛めているのだ。

「これから私達はセックスもする友達になるのかな?」

何でもないように装っているが、これは銀時の最低最悪な先ほどの発言に深く傷ついている顔だ。
銀時はフォークを持つ名前の手の甲に自分の手を被せる。

「もうダチなんかじゃねぇ。俺の女だ」

名前の瞳から目を逸らさず銀時は言った。言えた。
正直、昨夜より緊張している。
これで拒絶されたら到底立ち直れまい。

「名前のことが好きなんだよコノヤロー」

もうどうにでもなれという気分で名前への気持ちを告げる。
言い方はぞんざいだが心は伝わるはず。名前なら分かってくれるはずだと確信していた。

「それ、もっと早く言ってよ」

名前は子供のように頬を染め、目を潤ませながら笑った。
今までで一番、可愛い笑顔で。





□滅多に怒らないヒロインを怒らせちゃって一生懸命ご機嫌を取ろうとする銀さん



ぽろろさんのリクエストで書かせていただきました!!
長いわ銀さん最低だわ情けないわの話ですが、めっちゃくちゃウキウキで書かせていただきました。
どうか楽しんでいただけますように…!!
嬉しいリクエストどうもありがとうございました!
またツイッターで構ってやって下さい♪

2016/11/15 いがぐり

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